第2章 アントワーヌ・ラボアジエ
質量のm(Mass)
――〔質量のm(Mass)〕――
〔1771年 フランス パリ〕アインシュタインが生まれる100年前、フランス国王の座にあったのは、ルイ15世でした。しかし、絶対君主制は揺らぎ始めていました。
「ジャック、閉めなくてもいい。雨でも開けておけ。蒸れるからな。」
フランス革命が間近に迫っていました。
パトリシア・ファラ 歴史学者 ケンブリッジ大学「この時代は啓蒙の時代で、知識人たちは科学こそが未来を開くと信じていました。まずすべての物質の性質を探り、分類すれば、物質と物質の相互関係が明らかになるだろうと考えていたのです。」
ラボアジエ
「あっははは…」
裕福な青年貴族、アントワーヌ・ラボアジエは、この考えを実証するべく、日常の全ての物、世界に存在するすべての物質のあいだに、基本的な関係があるかどうかを知ろうとしました。
鋭い観察力は科学者としてのラボアジエには役に立ちましたが、彼の失脚の原因にもなりました。
マリアンヌ「あの、ラボアジエ様?私の見間違いでなければ、今夜は牛乳しか召し上がらないのね。さっきはグラスから、今度はボールから飲んでいらっしゃる。次はお皿から召し上がるつもり?」
「ふふっ。」
ラボアジエ「見事な観察力をお持ちだ。ご婦人なのに科学的とは、実に珍しい。興味がおありなら、申しましょう。この5週間、私は牛乳しか口にしていません。」
「えっ…」(しかめ面)
伯爵「いや驚いたな。5週間も牛乳だけなら、死んだほうがずっとましだ。何か恐ろしい病にでもかかっているのかね?」
ラボアジエ「その逆です。食物が健康にどう影響するかの、研究です。」
伯爵「科学アカデミーの会員である君に言葉を返すようだが、君の胃は、喉に穴が開いたと思っているぞ。ふほほほ…。」
マリアンヌ「伯爵さまの胃は、もっと喉を広げてくれとアカデミーに陳情しているんじゃありません?」
マリアンヌの母「マリアンヌ、なんてことを言うのです。伯爵さまに。伯爵さまの申し出を忘れたの?結婚だけではないわ。どんなサロンにも胸を張って出入りできるようになるのですよ。パリ一番の人気者になれるわ。」
ラボアジエ「科学への好奇心を満足させることなく、結婚生活という重荷を背負うことは、残念だとお思いになりませんか。」
マリアンヌの母「隣の部屋へまいりましょうか。なんだかここは、暑くなってきたわ。」
ラボアジエ「本当に結婚するんですか。」
マリアンヌ「私の望みではないけれど。」
ラボアジエ「なら助けて差し上げよう。」
ラボアジエとマリアンヌ
ラボアジエの職業は科学者ではなく、パリの徴税官でした。彼はパリを囲む巨大な壁を作り、出入りする者全てから、税を取り立てました。しかし、パンやワインやチーズといった日常の品にまで税をかけたことで、パリ市民からは嫌われていました。几帳面で細かい性格のラボアジエでしたが、決して冷たい人物ではありませんでした。
1771年、ラボアジエは、徴税局の同僚の娘、マリー・アンヌ・ポールズと結婚しました。40歳年上の伯爵との結婚から、彼女を救ったのです。
ラボアジエ「見せたいものがあるんだ。」
マリアンヌ「ふふっ。」
パトリシア・ファラ 歴史学者 ケンブリッジ大学「ラボアジエは徴税官という仕事を退屈に感じていて、科学の実験が思う存分できる、夜や週末などをとても楽しみにしていたようです。研究に没頭できる休日を、至福の日と呼んでいました。」
「マダム。」
(実験室の様子に驚いて)「あはっ。」
「質問。もし野外に、銅、あるいは鉄を、何か月も雨ざらしにしたらどうなる?マダム・ラボアジエ。」
「んー、うふっ。ムッシュ・ラボアジエ。」
「金属はどうなると思う?」
「これは実技試験の前に行われる、口頭試問のようなものなのかしら。そう?」
「真実が知りたい。」
「からかってるのね?真実ならあなたも知ってるでしょう?銅は緑色の緑青に覆われる。そして鉄は錆びる。科学の言葉では仮焼するって、言うのよね。」
「さすがに僕の選んだ妻だ。」
「ふふっ。」
「ではもう一問出そう。」
「うん。」
「金属が錆びると、重くなるか、軽くなるか。」
「あなたったら。私を罠にかけようとしているんでしょう。」
「ああ…小さな蝶は捕まえないと、近くで観察できないだろう?」
「分別のつく年になった市民なら、誰でも知ってるわよ?金属が錆びれば、ぼろぼろになって軽くなり最後はなくなってしまう。」
「いや、しかし。」
「あー待って。最後まで聞いて。せっかちな人ね。続きがあるの。最近ある論文が発表された。書いたのは若くて優秀な科学者、アントワーヌ・ラボアジエで、なんと鉄は、空気と結合し、錆びる前より重くなるって。」
「いや素晴らしい。僕はだね…。」
「いい?あなたが何をしようと、私はあなたのそばにいるわ。科学の勉強もして、あなたの役に立ちたい。」
「鉄がどうやって空気と結合するか、説明してあげよう。」
「明日ね、あなた。明日。」
質量保存の実験
マリアンヌは、夫の役に立とうと、懸命に科学を学びました。その後、英語を身に着け、最新の科学論文を夫に翻訳し、さらに絵を学んで、実験の非常に細かい点までスケッチし、記録に残しました。実験室を管理し、ラボアジエのの研究にとって欠かせない存在となっていました。
マリアンヌ「嫌ですわ、ひどいことをおっしゃいますのね。うっふふ。本当に図々しい方。」
一同「はははは。」
ラボアジェ「どうぞ、こちらへ。」
マリアンヌ「みなさん、こちらへ。」
ラボアジエ「みなさん、私が証明したいのは、自然というシステム。保存系であることです。物質の形態が変わろうとも、物質の量つまり質量は、増えもせず、減りもしないのです。こちらへどうぞ。量を正確に計った水を、熱して蒸気にします。この蒸気を、鉄の筒に通します。 鉄の筒は石炭の中で真っ赤に焼けています。筒の端から、蒸気を、冷やします。面白いことに、水の量は、最初に計った量より減るのです。つまり、水の一部は失われたということになります。ところが、同時に気体が出ます。そして、中の鉄の筒の重さが、増しています。さて、増えたこの二つの重さを足す。つまり、鉄の筒が重くなった分と、気体の重さとを足すと、先ほど失われた水の重さと、全く同じです。」
「ああ…。だが、出てきた気体は空気なのか?ラボアジエ君。」
「いえ、違います。非常に精密に測定した結果、この実験で出た気体は、空気より軽く、しかも、燃えるのです。ほらね。」
デイビッド・ボダニス 作家「水は水素と酸素でできています。ラボアジエは、酸素を熱い鉄の筒にくっつけることで、鉄を錆びさせ、酸化鉄を作ったわけです。残った水素は気体となって漂い出ます。これが燃える気体の正体です。形を変えても、物質の量は変わらない。次に彼は、酸素と水素を、水に戻そうとしました。」
ラボアジェ「まだこれからです。今後数か月かけてこの燃える気体を、元通り再結合させることによって、水に戻せることを実証してみせます。その水の量は、実験の最中に失われた水の量と全く同じになるはずです。目的は、完全なる循環。水を気体に。そしてまた水に。一滴の不足もなく。」
デイビッド・ボダニス 作家「かなり前から、ラボアジエは、質量は物質の形態が変化しても保存されると考えていました。これを立証するには何千回も実験を重ね、測定も正確に行わなくてはなりません。彼は、徴税官としての豊かな収入を実験につぎ込み、精密な機械を作り上げました。ラボアジエは精密さに取りつかれていました。」
ところが、ラボアジエの考案した徴税制度が、飢えたパリ市民の怒りを買い始めていたのです。
精密さと人民
マリアンヌ「アントワーヌ?アントワーヌ!もう、起きてよアントワーヌ。」
ラボアジエ「すまない。今何時だ?」
マリアンヌ「もうマラーさんがいらっしゃる時間よ。アカデミーから審査を頼まれたでしょ?本人は大発見だといっているそうよ。アントワーヌったら忘れてたの?」
ラボアジエ「忘れていた。どうせ大した発明じゃないだろ。辛抱できるかな…。」
ラボアジエ「ごほっ(咳払い)、マラーさんですね?」
マラー「どうも。私が発明したのは、燃えている炎の中に含まれる物質を、映し出す装置です。つまり――」
ラボアジエ「ふむ。」
マラー「ランタンが輝いているとき、炎の中にゆらめくパターンが見える。この装置は、その炎の実態を見えるようにするんです。」
ラボアジエ「炎の実態である物質を採取して、測定してみましたか?」
マラー「していませんが、見えるんですよ。」
ラボアジエ「失礼ですが、精密な測定、正確な観察、綿密な理論を伴わないものは、単なる憶測にしかすぎません。科学ではない。」
マラー「私は憶測などしていませんよ。」
ラボアジエ「そうですね。ええ。すみませんが失礼します。今日は忙しいので。ご足労、どうも。」
マラー「門前払いか。貴様覚えていろ!」
「聞かなくてもわかるぜ。自分の発明を見せに乗り込んだのはいいが、アカデミーの定める真実の基準に達していない。そういわれて追い返されたんだろ?」
マラー「ラボアジエめ…。何を偉そうに。正確さが何だってんだ。」
「いいかマラー。アカデミーの連中はみんな同じだ。精神の自由を侮辱している。」
マラー「奴らには、天才を見抜く能力なんてないんだ。芯まで腐ってやがる。国王の側近と、ちっとも変わらない。人民だ。正しいかそうでないかを決めるのは!」
「心配するな。次にばらまくビラで、そのラボアジエって奴を叩いてやる。」
フランス革命
何年もかけ、考えられる限りの物質を焼いたり溶かしたりした結果、ラボアジエ夫妻は化学変化の際に生じる気体や液体や粉を残さず採取さえすれば、総量は減らないことを立証しました。液体は気化し、金属は錆びる。材木は灰と煙になる。
しかし、全ての物質を形作る原子は、ひとつも失われない。そして、ラボアジエ夫妻はついに、静電気を用いて酸素と水素とを再結合させ、水に戻すことに成功しました。
マリアンヌ「どうかしたの!?」
フランス革命が勃発。王族や大勢の貴族が、次々にギロチンで命を奪われました。
パトリシア・ファラ 歴史学者 ケンブリッジ大学「1790年当時、革命家からみれば、ラボアジエは、パリを壁で囲んだ憎むべき徴税官に過ぎませんでした。」
徴税官だったことから、ラボアジエには怒りが向けられ、科学者から過激な革命家に転じたジャン・ポール・マラーによって弾劾されました。
警察「ラボアジエ!」「ラボアジエは!?」
執事「おりません。」
マリアンヌ「(嗚咽)うっ…うううっ…。」
デイビッド・ボダニス 作家「E=mc^2という方程式が生まれたのも、ラボアジエがいたからこそです。ラボアジエは、ある物質をばらばらにしようがくっつけようが、何をしようが、その質量は不変だと立証しました。群衆がパリを焼き払い、レンガを粉々に砕き、建物を灰と煙にしても、パリをすっぽりドームで覆い、煙や灰や瓦礫をすべて集めて測定すれば、もとのパリの街並みと、パリを覆っていた空気の合計に等しくなる。何も失われないのです。」
若きアインシュタイン
〔1897年 スイス チューリヒ〕100年後、自然界の全ては、大きく二つの領域に分類されました。一つはエネルギー、物体を動かす力。もう一つは質量、物体を構成する、物理的な量。19世紀の科学は、この二つの柱の上に成り立っていましたが、一方の領域の法則は、他方には当てはまらないとされていました。しかし若きアインシュタインは、そうした既存の考えに従うつもりはありませんでした。
クラスメイト「おいアインシュタイン。どうしたんだ。」
アインシュタイン「いや参ったよ。実はペルネ教授に昨日、きつく怒られちゃってね。講義の出席日数が足りないって。しかたないから、実験の授業に出たんだが、退屈だったし、何の意味もなかった。ところが、最後に僕の実験装置が爆発したんだ。」
クラスメイト「なら、君が悪いんじゃないか。」
アインシュタイン「ありがとよ。やあ、こんにちは。マリッチさん。」
ミレバ「こんにちはアインシュタインさん。生きて物理実験室から戻って来られてよかったわね。」
アインシュタイン「あなたにこれ以上心配をかけないために、これからはこのカフェで勉強することにしますよ。理論物理学の論文だけを読み、うるさい教授の実験は避けるようにします。」
クラスメイト「ふん、今までとどう違うんだ。」
アインシュタイン「ここはなんだかちょっと居心地悪いな。一緒に散歩に行きませんか。あなたの…意見を聞きたいことがあるんです。」
ミレバ「ええ、アインシュタインさん。いいですよ。今週あなたが出なかった講義について聞きたいんでしょ?」
デイビッド・カイザー 物理・歴史学者 マサチューセッツ工科大学「アインシュタインは、模範的な学生とはいえませんでした。物理と数学では優秀でしたが、ほかには興味を示さなかったのです。アインシュタインは質問魔だったので、教師たちからは疎まれていましたし、何か考え付くと、それだけに没頭するタイプでした。」
ミチオ・カク 物理学者 ニューヨーク市立大学「書簡を読むと、アインシュタインがまだ16のころから、光の性質に強い関心を持っていたことがわかります。彼は誰にでも、友人にも同僚にも、のちに妻となる恋人のミレバ・マリッチにも、同じ質問を投げかけました。光とは何か。」
ミレバ「うっふふっ…。」
アインシュタイン「もし僕らが光に乗れたら、何が見えると思う?」
ミレバ「えっ?光に乗れたら?…でもどうやって?どんな方法で光に乗るつもり?」
アインシュタイン「方法は重要じゃない。想像してごらん?若い二人が、過激で、自由奔放に実験に挑む。手を取り合って、宇宙の果てに旅に出かけるとする。僕らは光の波の、一番前に乗って、旅に出かけるんだ。」
ミレバ「ふふっ…わからないわ。どうしてそんな話をするの?手を握りたいの?からかってるの?」
アインシュタイン「からかってる?とんでもない。…あっ…(人にぶつかる)。考える手助けをしてほしいんだ。何が見えると思う?二人一緒に、速度をどんどん、上げていって。ついに光と、おんなじ速さになったら。」
アインシュタインの飽くなき光への追及が、化学に革命を起こすことになります。彼は光を手掛かりに宇宙を再構築し、エネルギーと質量とをつなぐ隠された通路を発見することになるのです。
光速のc(Celeritas)
――〔光速のc(Celeritas)〕――光の速さは、時速10億8,000万キロメートルにもなります。光速を表すのに用いられるcは、ラテン語で素早さを表すセレリタスから来ています。
〔1846年 ロンドン 王立研究所〕科学者たちは、19世紀以前に光の速さを割り出していましたが、そもそも光とは何なのか、答えられる者はいませんでした。しかしここに、光に関して素晴らしい推測をした人物がいました。マイケル・ファラデーは、デイビーの死後、教授となり、世界屈指の実験家の一人として、認められるようになっていました。しかし電気と磁気は、電磁気という一つの現象の別々の側面にすぎないという、ファラデーの考え方は、なかなか受け入れられませんでした。そんな中ファラデーは、さらに世間を驚かす説を発表したのです。
ファラデー「見えない力の線は、銅線を流れる電気からも発生しています。また、磁石からも。また太陽からも、出ます。なぜなら私の意見では、光も、光もまた電磁気から発生する、目に見えぬ、振動する線の一つの形態に過ぎないからです。」
ファラデーは15年間、光も電磁波の一つにすぎないと唱え続けてきましたが、その考えを裏付ける高等数学の知識がありませんでした。そこへ協力者が現れたのです。ジェームズ・クラーク・マクスウェルです。ファラデーに賛同した彼は、証明に必要な数学の能力を持っていました。マクスウェルと年老いたファラデーは親友になりました。
「ジェームズ。ジェームズ、すまない。忠告しておくよ。年は取るな。」
「お身体はどうです?」
「大丈夫だ。記憶力は衰えたが。」
「先日、論文を発表しました。」
「見せてくれ、ぜひ。――素晴らしい。」
「実験の結果、電気が銅線の中を流れると、微量の磁気が発生することが分かっています。その磁気が動くと、今度は、電気がわずかに発生します。」
「そうだ。」
「電気と磁気は交互に発生していく。終わりのない組み紐のように。だから常に前進します。」
「…素晴らしい。素晴らしい。」
「マイケル。重大な結論に達しました。この、電気が磁気を生み出し、磁気がまた電気を生み出す現象は、特定の速度でのみ現れるのです。計算がはっきりと、示しています。その速度は、時速10億8,000万キロメートル。」
「ということは…。」
「光の速度です。光速と同じなんです。あなたは正しかった!光は、電磁波の一つの形態なんです。」
マクスウェルは、ファラデーの正しさを証明しました。電気と磁気は、突き詰めれば同じものの別の形態に過ぎず、それは現在、電磁気と呼ばれています。その波、電磁波は時速10億8,000万キロメートルで進むことが分かっています。それが人の目に見えるとき、光という形態をとるのです。光こそ、若きアインシュタインを惹きつけてやまないものでした。
光速の謎
(ミレバの枕もとでバイオリンを弾くアインシュタイン)ミレバ「あと30分で講義が始まる。」
アインシュタイン「どっちをとるか。ウェーバーの退屈な講義か、君と、モーツァルトと、ジェームズ・クラーク・マクスウェルか。」
ミレバ「うふ…だめよ。注意されるわ。」
アインシュタイン「くだらない講義を聞いて時間を無駄にするのは惜しい。それより、マクスウェルを読んで、光の電磁気理論について、考えよう。」
ミレバ「うっふふ。あなたってほんとに困った人。その気にさせるのが上手ね。」
ミレバ「きれいな人ね。」
アインシュタイン「うん。でも彼女は、僕らの魂の飛翔にはついてこられないさ。」
デイビッド・ボダニス 作家「マクスウェルの方程式によれば、決して光に追いつくことはできません。時速10億8,000万キロで走ったとしても、光はやはり、時速10億8,000万キロで逃げていくのです。」
アインシュタイン「彼女は何を見ているんだ?」
ミレバ「ええ。」
アインシュタイン「彼女から見れば、波は止まって見える。」
ミレバ「ええ。」
アインシュタイン「彼女は波と同じ速さで動いているからだ。僕らから見れば、波は動いている。でも彼女から見れば、止まっているんだ。光もそうなのかな?」
ミレバ「常識で言えば、もし光に追いついたら、光の波はその場に止まっているはず。少しは揺れているかもしれない。微量の電気と、微量の磁気で。」
アインシュタイン「なら、光の波に沿って旅をする者から見れば、光は動かない。止まっているはず。でもマクスウェルによれば、光が止まることはあり得ない。」
ミレバ「マクスウェルが間違っているのかもよ?光に追いつけば、ボートから見た波のように、光も止まって見えるのかもしれない。」
アインシュタイン「じゃあ、じっと座って鏡を顔の前に持っているとしよう。僕の顔から光が鏡に届いて、顔が見える。」
ミレバ「そうね。」
アインシュタイン「でももし、僕も、もし鏡も、光速で移動しているとしたら?」
ミレバ「あなたが、あなたの顔からの光と同じ速さで、動いたら…」
アインシュタイン「そういうことだ。」
ミレバ「光は、永久に鏡に届かない。」
アインシュタイン「なら顔は鏡に映らない。」
ミレバ「そうなるとおかしいわね。」
アインシュタインは、光の波はほかの波とは性質が違うことに気付き始めていました。アインシュタインが足を踏み入れたのは、エネルギーと質量と光速とが、混然一体となった未知の世界でした。しかしアインシュタインには、あと一つ、鍵が必要でした。日常的に目にする二乗です。