アインシュタインと科学者たち

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宇宙~時空超越の旅~

光のスペクトルの謎

日常の裏側に存在する、驚くべき世界。そこでは、私たちの常識は通用しません。物理学者のブライアン・グリーンと一緒に、時空を超越する旅へ出かけましょう。

ブライアン・グリーン

物事は、逆向きに展開しうるのか。
物理の法則では、可能です。

THE FABRIC COSMOS
宇宙 ~時空超越の旅~

“量子力学で見る「現実」”

人類は長年にわたり、宇宙のしくみの謎を解明し続けてきました。そして、宇宙に存在するものは、一定の法則に基づいて運動することが明らかになりました。銀河や恒星、惑星などが、その例です。

しかしその後、自然界の現象は、根本的にあいまいであるという認識が広まります。それまでの宇宙観を覆す、新たな法則が発見されたからです。科学者たちは、遠く離れた宇宙空間から、ミクロの世界へと視点を移し、それまでの考え方を粉々に打ち砕くほどの、斬新な法則にたどり着きました。これが、量子力学の法則です。量子力学が取り扱うのは、物質を構成する原子などの領域です。恒星や惑星、そして私たちも、原子でできています。

TO QUANTUM LEVEL
(量子レベルへ)

日頃、量子力学の不思議な世界を意識することはありません。しかしそれは、あなたのすぐそばに存在しています。では、少しだけ目線を変えて、原子やその中に含まれる素粒子で構成される、ミクロの世界をのぞいてみましょう。

量子レベルの世界を支配する法則は、身の回りにある物質を支配する法則とは、全く異なります。ここに足を踏み入れたら、ものの見かたが、がらりと変わるはずです。

人類はこれまで、数々の法則を見出してきました。惑星が太陽の周りを周回する法則から、打たれた球が、弧を描いて飛ぶ法則。そして、水面の波の動きの法則に至るまで。

こうした古典力学の法則は、方程式を用いて、様々な事柄を確実に予測することができます。しかしおよそ100年前、科学者たちが光の不思議な性質に気付いたとき、既存の古典力学の法則では、これを説明することができませんでした。

ガラス管に気体を閉じ込めて熱し、光を生じさせる実験を行ったときのことです。プリズムを通してこの光を見た科学者たちは、予期せぬ結果に驚きました。

PETER GALISON, Harvard University

熱せられた期待が放つ光は、線状のスペクトルでした。
カットグラスに光を当てたときに生じるような帯状の光ではなく、とびとびのスペクトルなのです。

DAVID KAISER, MIT

虹のように隣の色とくっついているわけではなく、独立した単色の線です。
なぜこうした光の線が生まれるのか、謎でした。

ボーアと科学者たち

この謎を解明したのは、20世紀初頭に活躍した科学者のグループです。彼らは、物質の本質を探るべく、研究を重ねました。

なかでも代表的な存在が、ニールス・ボーアです。彼は、仲間と卓球をしながら議論するのを好みました。謎を解く鍵を握っているのは原子の構造だと確信していたボーア。

量子飛躍(クオンタム・ジャンプ)

原子の仕組みは太陽系に似ていて、電子が原子核の周りを回っているのだと、彼は考えました。ちょうど惑星が、太陽の周りを回るように。さらにボーアは、電子が原子核の周りを周回するときは、特定の軌道しかとらないと主張しました。

PETER GALISON, Harvard University

ボーアの考えは、それまでの物理の法則に反するものでした。
電子の軌道は固定されている、というのです。
とるのは、決まった軌道だけだと。

そしてボーアは、原子に熱が加えられると、電子はそれまで回っていた軌道から別の軌道へ飛び移ると言いました。電子はそのたびにエネルギーを放出します。それが、特定の波長の光として現れるのです。これを、量子飛躍りょうしひやくと呼びます。

S. JAMES GATES, JR.,University of Maryland

この現象が起きなければ、エネルギー状態の変化によって生まれる光は、帯状になります。
鮮やかな特定の波長の光を作り出しているのは、量子飛躍という現象そのものなんです。

この現象の注目すべき点は、電子が、ある軌道から別の軌道へと飛び移ることです。その間の空間を、横断しているわけではありません。まるで火星が、木星の軌道にジャンプしているかのようです。

量子飛躍が起きるのは、原子を構成する電子の特異な性質によるものだと、ボーアは結論付けました。量子と呼ばれる最小単位を持つ電子の運動エネルギーは、段階的にではなく、とびとびに変化します。そのため、電子は軌道から軌道へと飛び移るのです。

DAVID KAISER, MIT

電子は軌道から外れた場所には存在しません。
私たちの日常には、見られない性質です。

実験により、ボーアの考えは正しいと証明されました。電子は、惑星や卓球の球とは異なる法則に従っていたのです。彼の発見は、波紋を呼びました。ボーアと仲間の研究者たちは、これ以降、既存の物理学と対峙する道を歩み始めます。

それだけではありませんでした。革新的なアイデアを提唱するボーアは、偉大なる物理学者と対決することになります。あの、アルベルト・アインシュタインです。アインシュタインの意に反し、1920年代、量子力学は、独自の発展を遂げます。確実に何が起きるかを予測する古典力学と決別し、新たな道を模索し始めたのです。量子の本質を明らかにしたのは、のちに広く知られるようになった、二重スリット実験です。この実験の結果は、あなたの固定概念を覆すに違いありません。

二重スリット実験

二重スリット実験は、今まで知らなかった、驚きの世界を見せてくれます。では、これに似た実験を、これから行いましょう。使うものは、私が手にしている、このボウリングの球です。

では、レーンに少し、細工をします。ボールを投げるとどうなるか、予測できますね。障壁にぶつかるか、スリットを通って、スクリーンに当たるかの、どちらかでしょう。

結果は、予測した通りです。球は、通り抜けたスリットの、真後ろの部分を突き抜けました。二重スリット実験とは、こんな感じです。

ただし、実際に使うのは、数十億分の一のサイズの、電子です。簡単に説明します。この球を、電子と仮定しましょう。

二つのスリットを通り抜けた電子は、ボウリングの球とは異なる動きをしました。スリットの真後ろの二か所だけではなく、電子は、スクリーン全体に、縞模様を描くように進んだのです。

普通は、スリットのあいだにある障壁の後ろには、当たらないと思いますよね。これはなぜでしょうか。

電子は波か粒か

当時の科学者たちは、この縞模様を見て、あるものを思い浮かべました。波です。波は、ボウリングの球には決してできないような動きをします。たとえば、分裂したり、また一つになったり。

二重スリットに向かって波を起こすと、水の流れは二つに分かれ、スリットの向こうで交差します。すると、波の山や谷が重なり合い、大きな波や小さな波が生まれます。そしてときには、互いに打ち消し合います。

スクリーンに当たる波の、山や谷の部分を明るく表示すると、縞模様が現れます。これを、干渉パターンと呼びます。ここで疑問が生じます。粒子である電子が、なぜこのように、波と同じ干渉パターンを描くのでしょうか。

LEONARD SUSSKIND, Stanford University

粒子と波は別物です。
同じじゃないでしょう?
波は、粒子ではありません。

S. JAMES GATES, JR.,University of Maryland

考えを改めればいいんです。
これまで粒子だと思っていたのは、実は波だったのだと。

LEONARD SUSSKIND, Stanford University

波は、粒子ではありません。
波は粒子でできていても、波自体は違います。
石は波ではなく、石です。
石は粒子でできていますが、海の波は、やはり波です。
石が波だといったら、驚くでしょう?

この実験が行われた1920年代、科学者たちは、謎の解明に苦心しました。ついに、物理学者のマックス・ボルンが、シュレーディンガーの波動方程式に、全く新しい解釈を与えます。彼は、波打っているのは電子ではないばかりか、科学が出会ったことのないものだと言いました。

スクリーンで波打っているものは、確率かくりつであると主張したのです。これは、電子が存在する確率が高い場所ほど、波も高くなる、という意味です。

STEVEN WEINBERG, The University of Texas at Austin

電子の数ではなく、電子の存在する確率のことを、いっているのです。

DAVID KAISER, MIT

電子自体が確率の寄せ集めだなんて、おかしな話ですよ。

PETER FISHER, MIT

電子は今どこにあるかなんて、聞いてはいけません。
正しい聞きかたは、特定の空間で、電子を見つけたいと思うが、どこにある確率が高いか、です。
確かに、腑に落ちません。そうでしょう?

しかしながら、ボルンの理論は電子の動きを正確に表しているのです。私が投げた電子が、どこにたどり着くか、言い当てることはできません。しかし、シュレーディンガーの方程式を用いれば、どこにたどり着きそうか、確率を示すことができます。

たとえば、33.1%の確率で、このへんに。

7.9%の確率で、このへんに、というふうに。

これらの数値は、実験で何度も検証されました。そして、量子力学の方程式は正確だと、証明されたのです。あとは、この概念を受け入れればいいだけです。

確率の支配

確率が何であるかを理解するために、ラスベガスのカジノに行ってみましょう。実際に賭け事をやると、確率の持つ意味合いがよくわかります。では、さっそく$2020ドルを、29に賭けてみましょう。私がいつ勝つかなど、ハウス側は、当然知りません。

ディーラー

1。

でも、38ぶんの1の確率で、私が勝つのはわかっています。

ディーラー

21。

29。

今回は私の勝ちですが、何度もやると、必ずハウス側が勝ちます。ハウス側は、賭けの種類が何であろうが、勝負の結果を知る必要はありません。そんなことをしなくても、何千回も客が賭けさえすれば、必ずハウス側が勝つのです。

また、どれくらいの確率でハウス側が勝つのか、確実に予測することができます。量子力学はこれと同じように、世界を支配するのは偶然だ、と言っています。宇宙のすべての物質は、確実性ではなく、確率によって支配されているのです。

EDWARD FARHI, MIT

確率なくして、自然界を語ることはできません。
しかし、この理論をすんなり受け入れられる人は、少ないといっていいでしょう。

アインシュタインも、その一人でした。偶然があらゆるものの本質を決めてしまうなど、彼には、到底信じられなかったのです。

WALTER LEWIN, MIT

アインシュタインはこう言いました。
神はサイコロを振ったりしない、とね。
物事を正確に説明できないあいまいさを、彼は嫌っていたのです。

しかし、多くの物理学者はこの理論を支持しました。なぜなら、量子力学の方程式を用いれば、原子や素粒子がどう作用するかという確率を、はじき出すことができるからです。のちに、この理論を活用した、数々の発明品が誕生します。

レーザー、トランジスタ、そして集積回路など、電子工学の幅広い分野の品々です。しかし今なお、量子力学には謎が残っています。1920年代から30年代にかけて、アインシュタインが提起した問いの答えは、まだ見つかっていません。鍵を握るのは確率と、測定。そして観測です。

測定する行為が、位置を決める

ニールス・ボーアは、観測がすべてを変えると言いました。彼は、観測するまで、その粒子の性質はわからないと信じていたのです。

たとえば、二重スリット実験の粒子は、後ろのスクリーンに到達するまでは、空間のどの地点に存在するか、確定することができません。観測された瞬間に、初めて電子の位置が明らかになるのです。

BRIAN GREENE, Columbia University

量子力学に対するボーアの解釈は、粒子を観測し、その位置を測定することで、それ以外の場所に存在する可能性はなくなり、測定された位置に確定される、というものです。
測定するという行為が、位置を決めるのです。

ボーアは、あいまいさという自然の本質を受け入れました。それに対し、アインシュタインが好んだのは、確実性です。観測で物事が決まるなど、彼には許せなかったのです。アインシュタインは言います。私が見ていなくても、月はそこにある、と。

DAVID KAISER, MIT

アインシュタインはこう指摘しました。
すべての事象が観測にかかっているなんて、おかしいと。

量子力学には何かが足りないと、アインシュタインは確信します。観測以外に粒子の性質を決定する要因があるはずだと考えたのです。しかし、これに賛同する物理学者の数は、多くありませんでした。

DAVID KAISER, MIT

彼は量子論を否定したわけではなく、物理学としては不完全だ、と考えたのです。

PETER GALISON, Harvard University

量子論には何かが欠けているのだと、アインシュタインは、繰り返し言いました。
なぜなら、自然界の事象を確実に説明できないからです。

しかし、ボーアが動じることはありませんでした。アインシュタインが、神はサイコロを振らないと言ったときも、神がすることに注文をつけるべきではない、と切り返したのです。

エンタングルメント

量子もつれ

1935年、アインシュタインは遂に、量子力学の弱点を発見したと意気込みます。論理性を欠く不可解な仮説に目を付けたアインシュタインは、これで、量子力学が不完全だと立証できると考えたのです。この説を、エンタングルメントと呼びます。

WALTER LEWIN, MIT

最も奇妙で、理屈に合わず、むちゃくちゃな説が、量子論の生んだエンタングルメントです。
実に変わっています。

エンタングルメント、すなわち、粒子の絡み合いは、理論に基づく予測です。絡み合った二つの粒子は、密接な関係を持っています。

驚くべきことに、この二つの粒子を遠くに引き離しても、一度できた繋がりは消えることなく、関係は維持されるというのです。これを理解するために、電子の回転する性質に注目してみましょう。

おもちゃのコマとは違い、電子はどの方向に回転しているか、不確定なままです。その向きが最終的に定まるのは、観測された瞬間です。

時計回りに回っているものもあれば、反時計回りも。

では、回転盤で、このことを説明しましょう。赤と青のマスがありますね。これが、もう一つあります。これらは、絡み合った電子と同じ動きをします。いっぽうが赤で止まると、もういっぽうは、必ず青で止まるのです。その逆もあります。

回転盤は繋がっていないのに、なぜこうなるのでしょう。量子力学主流派の主張は、これにとどまりませんでした。ペアの一報を遠くに移してみましょう。回転盤の一つを月に置きます。お互い連絡を取り合わなくても、こちらが赤で止まれば、もういっぽうは青で止まります。

つまり、ここで電子を観測すれば、その行為が、遠くにあるもういっぽうのペアの電子にも、影響を及ぼすのです。アインシュタインは、二つの電子の密接な関係を、不条理だと考えます。そして、こう言いました。気味の悪い遠隔作用だと。

STEVEN WEINBERG, The University of Texas at Austin

不思議なことに、ペアのいっぽうを観測するという行為が、もういっぽうの状態を決めるのです。

DAVID KAISER, MIT

二つの粒子を繋ぐものなど何もない状況なのに、なぜペアの相方あいかたに影響を及ぼすのでしょう。

WALTER LEWIN, MIT

互いに交信する手段はありません。
とにかく、妙なんです。
アインシュタインは、ここに目を止めたのです。

エンタングルメントの作用など受け入れることができなかったアインシュタインは、量子力学に欠陥があると考えました。絡み合う粒子が存在したとしても、離れた二つの粒子が密接に関わり合う理由は、もっとシンプルなものだと推測したのです。アインシュタインが抱いたイメージを、手袋にたとえましょう。

手袋を片方ずつ、別々のケースに入れます。

一つは、私のもとに届けられます。もう一つの届け先は、南極です。

どうも。

このなかにあるのは、左右の手袋のうちの、どちらかです。

ケースを開けると、左側が入っていました。その瞬間、南極のケースには、右側が入っていると分かります。なかを見なくてもね。これは単純明快です。私がケースのなかを見ても、手袋に与える影響などありません。

こちらのケースには、左側。もう一つに右側が入っていることは、ケースを持ち出す瞬間、既に決まっていました。アインシュタインは、これと同じことが、二つの粒子にもあてはまる、と考えました。たとえば、電子が離れ離れになるその瞬間に、すべては決まっていたのだと。

では、どちらが正しいのか。遠く離れていても、瞬時に不思議な方法で情報をやり取りする、絡み合う粒子の方程式を支持したボーアか。それとも、気味の悪い遠隔作用など存在せず、観測する前にすべては決まっていると主張する、アインシュタインか。

BRIAN GREENE, Columbia University

この議論は、なかなか決着がつきませんでした。
アインシュタインは、粒子の回転する向きは最初から決まっていると言い、その根拠を尋ねると、彼は観測すればわかる、と答えました。
するとボーアは、観測で粒子の状態が決まるのだ、と。

(新聞の見出し)
アインシュタイン死去

答えは誰にもわからず、まるで哲学の問答のように思われました。1955年にこの世を去るまで、アインシュタインは、量子力学では自然界の現象を完全に説明することができないと、信じ続けていました。

エンタングルメントの証明

1967年、コロンビア大学で、ある若者が、量子力学と格闘していました。天体物理学で博士号の取得を目指していた、ジョン・クラウザーです。しかし、量子力学の成績が芳しくありません。

JOHN CLAUSER, J.F.Clauser & Associates

大学院生のころは、量子力学が、全く理解できませんでした。

ところがあるとき、クラウザーは、人生が一変するほどの、大きな発見をします。彼が見つけたのは、アイルランドの物理学者、ジョン・ベルの論文です。ベルの仮説を実証できれば、長年にわたり繰り広げられた、アインシュタインとボーアの論争に決着をつけることができるかもしれません。

JOHN CLAUSER, J.F.Clauser & Associates

間違っているのは量子力学のほうだと、確信していました。

なんとベルは、絡み合った二つの粒子の密接な関係を解き明かす方法を、発見していました。得体のしれない遠隔作用が起きているのか、それとも、最初から粒子の状態は定まっているのか。その答えに、ついにたどり着けるかもしれないのです。

John Bell(ジョン・ベル)

それだけではありません。ベルの数式を使って、この遠隔作用が存在しないことが明らかになれば、量子力学は不完全ではなく、間違いだと証明されるのです。

JOHN CLAUSER, J.F.Clauser & Associates

こんな結果を導く数式を、私はそれまで見たことがありませんでした。

理論家だったベルが提唱した数式を検証するには、絡み合う粒子のペアを大量に作り出す装置を組み立てなくてはなりません。

ALLAN ADAMS, MIT

はたして、実験を行うことはできるのか。
装置さえあれば、可能です。

DAVID KAISER, MIT

可能なら、 机上の空論ではなくなります。
問題解決には、実験しかありません。

さっそく、クラウザーは装置の設計に着手しました。

JOHN CLAUSER, J.F.Clauser & Associates

大学院生の私には、とてつもない挑戦でした。
それでも私は、衝撃の事実を発見するチャンスに賭けたのです。

クラウザーは、見事装置を完成。これにより、数千ペアの粒子の回転を測定することが可能になりました。実験の結果を見たクラウザーは驚き、そして落胆しました。

JOHN CLAUSER, J.F.Clauser & Associates

どこで間違えたのか、自分に問いました。
何がいけなかったのかと。

クラウザーは実験を繰り返します。

数年後、物理学者、アラン・アスペが、より精度の高い実験を行い、アインシュタインとボーアの論争の核心に迫りました。

二つの粒子が瞬時に通信するには、光より速い信号が必要ですが、アインシュタインは光より速く進むものはないと言いました。アスペは、そこに焦点を当てた実験を行ったのです。

光よりも早い信号がないなら、遠隔作用によるものとしか考えられません。アスペの実験は、ついに議論を終結させました。彼らの実験結果は、世界を激しく揺さぶりました。

量子力学の理論は正しく、エンタングルメントは、実際に起こっていました。そして粒子は、空間でつながっていたのです。ペアの粒子のいっぽうを観測すれば、遠く離れたもういっぽうの粒子に、瞬時に影響を及ぼします。アインシュタインが否定した遠隔作用は、実際に存在することが証明されました。

JOHN CLAUSER, J.F.Clauser & Associates

私は再び、悲しくなりました。量子力学をやり込められなくてね。
今でも、量子力学は苦手なんです。

WALTER LEWIN, MIT

量子力学で最も不可解なのは、遠隔作用です。
到底、理解などできません。
なぜそうなるのかと、そんなことを聞かれても困ります。
なぜなら、答えられないからです。
唯一言えるのは、自然界とはそういうものだ、ということです。

量子テレポーテーション

絡み合った粒子の遠隔作用が実際に起こるのなら、これを、私たちの生活に有効活用することはできないのでしょうか。たとえば、空間を移動することなく、人や物を、ある場所から別の場所へと瞬時に送る、テレポーテーションなどはどうでしょう。

転送。

作動!

スタートレックで見たようなテレポーテーションができれば、便利だと思いませんか?果たしてエンタングルメントで、これは可能になるのでしょうか。

実は、アフリカ沖に位置するこのカナリア諸島で、その実験はすでに行われています。

アントン・ツァイリンガー 物理学者

私たちがここで実験を行うのは、天文台が二つあるからです。
それに、環境も抜群です。

アントン・ツァイリンガーが取り組んでいるのは、人間のテレポーテーションではありません。彼はここで、エンタングルメントの仕組みを活用し、光子と呼ばれる光の粒子をテレポートさせる実験を行っているのです。

実験の手順を説明しましょう。まず、ラパルマ島の実験室で、絡み合った光子のペアを作り出します。

光子の一つはここに残し、もう一つを、144キロ離れた、テネリフェ島にレーザーで送ります。

次に、テレポートさせる予定の3つ目の光子を用意し、これを、先ほどの、ラパルマ島の光子と合体させます。そして、この合体したものの状態を測定します。ここからが、見ものです。

研究チームが測定した情報をテネリフェ島側に知らせると、テネリフェ島の光子は、3つ目の光子のコピーへと、生まれ変わるのです。3つ目の光子は物理的に海を越えて移動したわけではないので、テレポートしたのと同じだと言って差し支えないでしょう。

アントン・ツァイリンガー 物理学者

もとの光子が持っていた情報を抽出して、新たな光子を作るんです。

ツァイリンガーはこの方法で、数千個にも及ぶ粒子のテレポーテーションに成功しています。

私たちの体も粒子でできていることを考えると、将来、人間のテレポーテーションが可能になる日は来るのでしょうか。

ニューヨークへようこそ。

パリまでテレポートするとしましょう。理論上は、実現不可能な話ではありません。ここに、粒子のカプセルがあります。この中の粒子は、パリの粒子と絡み合っています。

こちらへどうぞ。

私が入るこのカプセルは、スキャナーのような働きをします。私の体を構成する数多くの粒子がここで読み取られるとき、同時に、隣のカプセルのなかの粒子も、スキャンされます。

すると、二つの量子状態を比較したリストが作成されます。ここで、エンタングルメントが効力を発揮します。二つのカプセルの量子状態を調べ、比較することでパリの粒子と、私を構成する粒子の相関関係が明らかになるのです。

オペレーターがそのリストをパリに送ります。パリでは、そのデータをもとに、私を構成する粒子の一つ一つを再構成します。すると、新しい私が姿を現します。

粒子が、ニューヨークからパリまで旅をするわけではありません。ニューヨークで抽出した量子状態の情報を使い、パリですべての粒子を再び組み立てるのです。

ようこそ、パリへ。

やあ。

私の正確なレプリカが出来上がりました。そのかわり、私を構成する粒子を測定したことにより、ニューヨークにいたオリジナルの私は、壊れてしまいました。

EDWARD FARHI, MIT

テレポートを実行すると、量子テレポーテーションのプロトコルで、元の物体は破壊される、と定められています。
その結果、中性子や陽子、電子のかけらしか残らないなんて、不安になりますよね。
なんとも、無残です。

人間がテレポートするのはまだ無理ですが、ここでひとつ、疑問が生じます。パリにいる私は、本物でしょうか。ニューヨークの私とパリの私は、全く同じはずです。量子力学では、粒子そのものではなく、粒子が持つ情報が、物質を構成していると考えるからです。その情報が伝達され、私が再び組み立てられたのです。

ANTON ZEILINGER University of Vienna

オリジナルか、コピーかという問題は、哲学的な領域に入ります。
非常に難問です。
私の考えでは、オリジナルと完全に同じ性質をもつものは、オリジナルです。
つまりこの場合も、オリジナルです。

JOHN CLAUSER, J.F.Clauser & Associates

あんな装置はごめんです。

量子コンピュータ

人間のテレポーテーションの実現性は未知数でも、量子力学が持つあいまいさは、あらゆる分野で応用できる可能性を秘めています。

マサチューセッツ工科大学では、セス・ロイドが、量子力学を活用する、新たな道を開拓しています。

SETH LLOYD MIT

量子力学の理論は奇抜です。
奇抜な理論があるからこそ、それを何かに生かしたいのです。
これが、コンピュータの内部です。

ロイドが開発しているのは、量子コンピュータです。金と真鍮でできたこの装置の姿は、一般的なコンピュータとはほど遠いものですが、共通点はあります。すべての情報を、ビットと呼ばれる0と1の2進数で表すことです。

SETH LLOYD MIT

データの最小単位となるのが、このビットです。
まず、コンピュータは情報を最小単位に分解し、それを超高速で処理しているのです。

量子ビット

しかし、量子コンピュータが使用するビットは性質が異なります。一般的なビットは、常に0か1のどちらかを選択しますが、量子ビットは柔軟です。

SETH LLOYD MIT

ここに、ビットがあるとしましょう。こっちに0、こっちに1。
これが最小単位です。
それに対し、0と1の性質を同時に持つ状態があります。
これが、量子ビットなんです。

電子の回転する向きが観測するまで定まらない、あいまいさを持つのと同様に、量子ビットも、0と1の両方になり得ます。すると、一度に大量の情報処理を行うことができるのです。

SETH LLOYD MIT

従来のコンピュータからは、想像もつかない量の仕事をこなすようになります。

理論の上では、量子の働きを持つ電子や原子なら、なんでも量子ビットとなり得ます。もしも量子コンピュータが実用化されれば、私たちの情報処理能力が飛躍的に高まることは、間違いないでしょう。

BRIAN GREENE
Columbia University

量子コンピュータのすごさを、簡単に説明しましょう。私は今、迷路の中にいます。できるだけ早く出口にたどり着こうとしても、選択肢があまりにも多すぎます。

一つずつ、試してみるしかありません。何度も行き止まりに突き当たり、引き返し、道に迷います。そして、やっと出口にたどり着きました。これが、従来のコンピュータの処理方法です。高速でも、一度に一つのタスクしか、こなせません。ちょうど私が、一本の道しか進めないようにね。

もし同時にすべての可能性を試すことができれば、話は変わってきます。これが、量子コンピュータの仕事のやり方です。同時にあちこちに存在し得る粒子の性質を利用し、あらゆる可能性を同時に調べ、正解を瞬時に見つけることができるのです。

この規模の迷路なら、選択肢が限られるため、従来のコンピュータでも、すぐに処理できます。しかし、選択肢が数十億通りもあったらどうなるでしょう。気象の予測などは、その一例です。量子コンピュータが完成すれば、竜巻なども、予知できるかもしれません。

自然災害の予知を行うことなど、今は、コンピュータを使っても無理です。でも、量子コンピュータがあれば、夢ではありません。そしてその中枢部は、一粒の砂より、小さくなるのです。量子力学を応用した技術の研究は、未知なる可能性に向かって、着実に進められています。

エピローグ

しかし、量子力学の全貌が徐々に明らかになってきたとはいえ、謎は今なお、残っています。原子などの量子レベルで起きる不思議な現象は、いったい、どのような仕組みになっているのでしょう。そしてなぜ、ミクロの世界では、あいまいな状態が、当たり前に存在するのでしょうか。

私たち人間の体も原子でできていますが、ミクロの物質のように、あいまいな状態ではありません。存在する場所も、ここか、そこです。

あのボーアも、物質のサイズが大きくなると、なぜあいまいさが影をひそめるのか、説明したことはありませんでした。量子力学の正当性が立証された今でも、科学者たちは、この問題に取り組んでいます。

ある科学者は、解明されていない謎の作用があるのではないかと考えます。物質のサイズが大きくなると、ミクロの世界に存在する複数の可能性は、その謎の作用によって、一つになってしまいます。一つを残し、後の可能性はすべて消える、というのです。すると、結果は一つしか出てきません。

別の科学者は、ミクロの世界にあるすべての可能性は、消滅しない、と言います。そして、別々のストーリーを展開させる、というのです。私たちの世界と並行して存在する、別の世界です。

突拍子もない考えのようにも思えますが、私たちの知らないところで宇宙は枝分かれし、すべての可能性に基づく新たな世界が生まれているのかもしれません。まだ開拓されていない領域は、果てしなく広がっています。

MAX TEGMARK MIT

私たちが想像するより、宇宙ははるかに大きく、そのうえ、神秘に満ちています。
美しく、そして荘厳ですらあるのです。

EDWARD FARHI, MIT

人間の想像力を超越した真実を見出すことに、科学の存在意義はあります。
量子力学は、その典型です。

STEVEN WEINBERG, The University of Texas at Austin

量子力学を学ぶと、世界を見る目が変わります。

量子力学は難解ですが、ミクロの世界とマクロの世界のあいだに、境界などありません。ただ、その特異な性質が、量子レベルの世界で、より顕著に表れるだけのことなんです。量子力学の法則が発見されたことで、驚きに満ちたこの宇宙について、より深く理解できるようになったことは、間違いありません。

<終>

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