アインシュタインと科学者たち

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統一理論への道 アインシュタインの見果てぬ夢

プロローグ

さあ、一緒に、SF小説より不思議な世界へ出発です。新しい宇宙論が、想像を超えた奇想天外な世界に、私たちを誘ってくれます。小さな原子から広大な銀河の果てまで、宇宙のすべてを一つの理論で説明したいと願った、アインシュタインの夢。そしていま、壮大で優美な、新しい宇宙像が生まれようとしています。

第一回    
アインシュタインの見果てぬ夢

<美しき大宇宙>
~統一理論への道~
The Elegant universe

ブライアン・グリーン
コロンビア大学

50年前、この家でアルバート・アインシュタインは、大きな謎に取り組んでいました。それはあまりに難解で、いまでもまだ、多くの物理学者が、頭を悩ませている謎です。アインシュタインは、晩年の20年を、ニュージャージー州、プリンストンで過ごしました。

2階の書斎、ここで、宇宙のすべてを説明することができる、統一理論を求めていたのです。人生の終わりが近づいてもなお、アインシュタインは紙と鉛筆を離さず、統一理論の方程式を考え続けました。アインシュタインは、自分が大きな発見に近づいているのは確信していましたが、ついに夢を叶えることなく、世を去りました。それから半世紀、アインシュタインが抱いた統一理論の夢は、いまも物理学の究極の目標となっています。

ひも理論

そして最近になって、ようやく有望な理論が登場しました。ひも理論と呼ばれる、斬新な考え方です。もしひも理論が、宇宙のすべてを解き明かす統一理論だとすると、かなり衝撃的なことになりそうです。私たちは、SFのような世界で生きていることになるからです。11次元の時空。すぐ隣にある並行宇宙。ひもの奏でる音楽で成り立つ、エレガントな宇宙。

ひも理論の考え方は、非常にシンプルです。宇宙のすべては、ただ1種類の要素でできている、というものです。その構成要素とは、ひもと呼ばれる、想像を絶する、小さな振動するエネルギーの糸です。チェロの弦は、多彩な音を出すことができます。

同じように、ひも理論の小さなひもも、様々なパターンで振動し、あらゆるものを作り上げています。言い換えれば、宇宙は壮大で果てしないシンフォニーのようなもの。小さな振動するエネルギーの糸が、多様な音楽を奏で、共鳴しているのです。ひも理論は、全く新しい宇宙観を作ろうとしています。奇妙で、美しい宇宙です。

しかし、宇宙を完全に解き明かし、ただ一つの理論にまとめることが、本当にできるのでしょうか。

rアールμミューνニュー-マイナス2分の1gジーμミューνニューrアール…このあとは?イコール8πパイμミューνニュー
アインシュタイン・ヒルベルト作用の変分変分原理から、ナノ方程式が得られる。
…これは何?

ワン!

…違う。これはスカラー曲率。
これは、リッチテンソル。
君は、習ってなかったの?

?

統一

どんなに頑張っても、犬に物理学を教えることはできません。犬の脳は、それを理解するようにできていないからです。では私たち人間はどうでしょう。宇宙の究極の法則を、極めることができるのでしょうか。今日こんにちの物理学者は、可能だと信じています。アインシュタインの果たせなかった夢が、間もなく実を結ぶときが来ると。

ブライアン・グリーン コロンビア大学

統一理論は、恐らく一つの方程式になるでしょう。そして宇宙のすべてが、このいわゆる、マスター方程式で説明できることになります。マスター方程式は、確実に存在するだろうと考えられています。この200年ほどの間に得られた、様々な研究の成果が、すべて一つの理論体系へと、収束しているように見えるからです。その体系を、私たちはいま、探しているところです。

マイケル・グリーン コロンビア大学

幅広い物理現象を、シンプルな方法で説明することができれば、間違いなく前進といえます。
宇宙の多種多様な現象すべてを包み込む、一つの偉大な理論を見つけ出すことができたとしたら、それはもう、感動的です。
統一理論を目指すべきだとする考えかたは、物理学の歴史のなかでは、ごく自然なことでした。

統一理論探求の幕開け

統一理論探求の歴史は、科学史上、もっとも有名な出来事で幕を開けました。1665年のある日、一人の若者が木の下に座っていると、突然、一個のリンゴが落ちてきました。これをきっかけに、アイザック・ニュートンは、科学史に革命を起こしたのです。

アイザック・ニュートン

ニュートンはこう言いました。リンゴを地面に引き付ける力と、月が地球の周りで軌道を描いている力は、同じものである。重力と呼ぶただ一つの理論で、ニュートンは天と地を統一したのです。

スティーブン・ワインバーグ テキサス大学オースティン校

つまり、惑星の動きを支配しているのと同じ法則が、しおや、リンゴの落下も支配しているということです。
私たちの自然観を、見事に統一する理論でした。

重力

重力は、科学的に理解できた、最初の力でした。ニュートンが重力の法則を発見したのは300年以上も前のことですが、非常に正確な予測ができるため、その方程式は、現在も使われています。月に人類を送ったときも、ニュートンの方程式以外、何一つ必要としませんでした。

ところが、決定的な問題がありました。ニュートンの法則は、重力の大きさを正確に説明していましたが、実際に重力が、どのように働くかは、ニュートン本人も分かっていなかったのです。長いあいだ科学者は、見て見ないふりをしてきました。

アルバート・アインシュタイン

1900年代の初め、スイスの特許局で働いていた、アルバート・アインシュタインは、特許の出願書類を審査しながら、光の性質についてじっくり考えていました。これがやがて、重力とは何かを解明することに繋がっていきます。

時空の織物

26歳のとき、アインシュタインは、驚くべき発見をしました。光の速さを越えられるものは、この宇宙には存在しない、というものです。ところが、この概念を発表した途端、アインシュタインは、ニュートンと対立していることに気が付きました。何ものも、光より早く進むことはできないという考え方は、ニュートンが説いた重力の理論と矛盾していたのです。この矛盾を理解するために、ちょっとした実験が必要です。

まず、宇宙規模の大異変を起こしてみましょう。何の前触れもなく太陽が爆発し、完全に消え去ったと考えてみてください。ニュートンの理論に従えば、太陽が消滅すると、惑星は直ちに重力から解放され、軌道を外れて、宇宙空間へ飛び出していきます。

ニュートンは、どんなに遠く離れていても、重力は即座に伝わると考えていました。太陽が消えた瞬間に、惑星の動きも変化する。でも、アインシュタインは疑問を感じました。光の性質を研究していたアインシュタインは、光が瞬間的に届かないことを知っていました。実際、太陽の光が、1億5,000万キロ離れた地球へ届くには、8分以上かかります。そしてたとえ重力でも、光より早く進むことはできないと考えていたのです。

太陽が消滅し、暗闇が私たちの目に届く前に、地球が軌道を離れるということが、起こり得るのでしょうか。アインシュタインは、自分の理論に自信を持っていました。そして、重力に関するニュートンの理論に、疑問を抱き始めました。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

もしニュートンが間違っているなら、どうして惑星は軌道にとどまっていられるのでしょうか。
思い出してください、ニュートンの方程式は、惑星の運動を解明するうえで、不可欠なものとなっていました。
なぜ惑星が軌道を描くのかを説明したのです。難しい問題でした。

アインシュタインは、新たな宇宙観を考え出さなければなりませんでした。昼は特許局で働きながら、謎を解くための、孤独な探求が続きました。およそ10年が経って、アインシュタインは、ひとつの答えを見つけます。

ピーター・ギャリソン ハーバード大学
時空の織物

アインシュタインがたどりついた答えは、3次元の空間と、1次元の時間が絡み合う、時空の織物おりものでした。
この、4次元の時空の織物が作り出す幾何学を理解すれば、織物の表面を動く物体について説明することができると、アインシュタインは考えました。

時空の織物は、惑星や星など、重い物体によって、トランポリンのように歪んだり伸びたりします。私たちが重力と感じるものを生み出すのは、こうした時空の歪みや、曲がりなのです。

地球のような惑星が軌道を描くのは、太陽の重力に直接捉えられているからではありません。太陽の存在によって生じた、時空の織物の歪みに沿って、動いているのです。では、新しい重力理論で、あの大異変を再現してみましょう。太陽が消滅したとき、何が起きるでしょうか。

重力が攪乱され、波となって時空の織物を伝わっていきます。小石が池に落ちたとき、波紋が水面を伝わっていくのに、よく似ています。

波が地球に届くまで、私たちは、地球の軌道に変化を感じないでしょう。重力の波は、光と同じ速度で進むとアインシュタインは計算しました。この新しい理論で、アインシュタインは、ニュートンとの対立を解消しました。さらに、重力がどういうものであるのかを、初めて明らかにしました。それは、時空の織物の歪みや、曲がりなのです。

一般相対性理論

この新しい重力理論、一般相対性理論によって、アインシュタインは、一躍ときの人となりました。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

アインシュタインは、ロックスターのような存在でした。
当時の有名人のなかでも際立っており、チャップリンと同じくらいのトップスターでした。

マーシャ・バートゥシアック 作家

みんなが、アインシュタインの研究に注目し、期待していました。
重力の法則を作り直すほど、素晴らしい頭脳を持っているのだから、また何かやってのけるだろうと思われていたのです。
みんな、次は何なのか知りたがりました。

電磁気力

電磁気力

しかし、アインシュタインは満足していませんでした。さらに大きな目標があったからです。新しい重力理論を、当時知られていた別の力、電磁気力と統一しようと考えていたのです。電磁気力は、電気の力と磁気の力を合わせたもので、すでに一つの力として統一されていました。

サミュエル・モールス
TELEGRAPH(電信)

電気と磁気のあいだに何らかの関連があることは、19世紀から知られており、サミュエル・モールスは、それを利用して電信機を発明しました。電気信号が電線を伝わって、何千キロも離れた場所にある磁石に送られ、おなじみのモールス信号を打ち出します。どんなに遠くても、伝言は一瞬にして届きました。電信は大評判となりましたが、科学的な原理はわかっていませんでした。

ジェームズ・クラーク・
マクスウェル

初めて電気の力と磁気の力を統一しようと考えたのは、スコットランドの科学者、ジェームズ・クラーク・マクスウェルでした。

稲妻が走ると、
磁石は激しく回転する

雷雨のとき、山の上にいたことがあれば、電気と磁気にどれほど密接な関係があるか、わかるはずです。稲妻のような激しい放電が起こると、磁場ができます。これは、磁石で確かめることができます。

電気と磁気の関係に注目したマクスウェルは、二つの関係を、数学で説明することを試みました。そして、4つの方程式を考え出します。電気と磁気は、電磁気力と呼ばれる、一つの力に統一されました。宇宙の統一理論へ向けての、大きな一歩でした。

ジョゼフ・ポルチンスキー カリフォルニア大学サンタバーバラ校

異なる現象が結び付けられたのは、実にすばらしいことです。
これも、電気と磁気とはいえ、基本的な法則で、様々な現象が説明できる例です。

ウォルター・H・G・レヴィン マサチューセッツ工科大学

考えてみてください。
電気と磁気に関して考えられる、ありとあらゆることが、4つの非常にシンプルな方程式に書かれているんです。
信じられないでしょう?
実に、エレガントです。

ピーター・ギャリソン ハーバード大学

アインシュタインは、マクスウェルの業績を、物理学の歴史における大きな勝利だといって、高く評価していました。

アインシュタインは、自信に満ちていました。もし、自分の新しい重力理論と、マクスウェルの電磁気力を統一することができれば、宇宙のすべてを説明できるマスター方程式が見つかるのではないかと考えたのです。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

宇宙には、全体に共通する重大で美しいパターンがあると、アインシュタインは信じていました。
なぜアインシュタインが統一理論を求めていたかというと、それは、神の心を知りたいと真剣に願う、物理学者の一人だったからです。
つまり、全体像が知りたかったのです。

今日こんにち、宇宙の統一理論として最も有力なのは、ひも理論といわれています。宇宙の誕生から、銀河の壮大な渦巻きに至るまでを、ただ一つの方程式で表すことは、はたして可能なのでしょうか。

ニュートンは、重力理論で天と地を統一しました。

マスクウェルは、電気と磁気を統一しました。

そしてアインシュタインは、自分の新しい重力理論を、電磁気力と統合させれば、宇宙のすべてを包み込む、統一理論への道が開けると信じていました。

アマンダ・ピート トロント大学

アインシュタインには、そう考える根拠がありました。重力の伝わる速度が、光の速度と同じとされている、物理的事実です。
重力と電磁気力との間に、何らかの調和が存在する可能性があります。

重力と電磁気力統合の試み

ところが、重力と電磁気力を統合させようと研究を始めると、力の差が大きすぎて、どうしてもバランスが取れないのです。どういうことかお見せしましょう。

重力は、強い力だと思ってますよね。
まぁとにかく、私が今ここに立っていられるのも、重力があるからです。
ところが、実際には電磁気力と比べると、重力はものすごく弱いんです。
それを証明するために、簡単な実験をしてみましょう。
ここから飛び降りてみます。
私が言った意味が、わかりますよ。

ブライアン・グリーン コロンビア大学

いや、もちろん冗談です。
しかし、もし本当に飛び降りたとしても、私の体が歩道を突き破って、地球の中心へ突進していくことはありません。

これは電磁気力のおかげです。人間も歩道も、目に見えるものはすべて、原子と呼ばれる、小さな粒子でできています。そして、原子の外側は、マイナスの電荷を帯びています。私の体の原子が、歩道の原子と衝突すると、電気が互いに反発します。歩道の小さな石ころでも、地球の重力に抵抗して、私が地面のなかへ落ち込むのを防ぐ力を持っています。

ニマ・アルカーニ・ハメット ハーバード大学

重力は、私たちを地面に引き付け、太陽に地球を引き寄せているんですから、強い力だと思ってしまいますよね。
でも、それは莫大な物質の集合体に作用しているからにほかなりません。
原子一個のレベルでは、重力は、信じられないほど、力が弱いのです。

強さの異なる二つの力を統一するのは、非常に難しいことに思えました。さらに悪いことに、同じころ、物理学の世界に大きな変化が起こりました。

スティーブン・ワインバーグ テキサス大学オースティン校

アインシュタインは、かつてあれほどの偉業を成し遂げた人物です。
当然のように、それからも物理学の論争に加わり、新しい発見をしていくものと、誰もが思っていました。
でも、できませんでした。
登場したのは、全く新しい物理学の理論でした。
アインシュタインが自由に使えた道具はもはや使えなくなり、統一理論への夢も、打ち砕かれてしまったのです。

量子力学の登場

ニールス・ボーア

1920年代、若い物理学者のグループが、新しい考え方を提示しました。その宇宙観はあまりにも突飛で、SFでさえ色あせて見えるほどでした。グループの中心にいたのが、デンマークの物理学者、ニールス・ボーアです。

統一… 統一…

原子は長いあいだ、物質の最も小さい単位とされてきました。ところが原子は、さらに小さな素粒子で成り立っていることがわかりました。アインシュタインやマクスウェルの理論では、原子の内部で素粒子がどのような動きをしているかを説明することはできませんでした。

ピーター・ギャリソン ハーバード大学

原子がさまざまな方法でこじ開けられるようになると、内部で起きていることをどのように説明するかが、大きな課題になってきます。
古い理論は、役に立ちませんでした。
重力はあまりにも弱くて問題外、電気や磁気でも、満足のいく答えは得られませんでした。

量子カフェ

研究者たちは、原子の世界を説明する理論を見つけられないまま、さまよっていました。見覚えのある目印はないかと、探し続けました。状況が一変したのは、1920年代の終わりです。

量子力学

物理学の世界に、量子力学という新しい理論が生まれたのです。量子力学は、ごく小さな世界を、うまく説明することができました。でも、問題もありました。あまりに過激な理論だったので、それまでの宇宙観をすべて、打ち砕いてしまったのです。宇宙は秩序正しく、予測可能なものであるはずだというのが、アインシュタインの考えでした。ボーアはそれに異議を唱えました。原子や素粒子のレベルでは、世界は運任せのゲームのようなものだというのです。

確実なものはありません。量子力学では、できるのはせいぜい、ある結果が起こる確率を予測することだけです。量子力学の特徴を、現実世界に投影してみたら、どうなるでしょう。量子カフェで、それを体験してみましょう。自分が正気を失ったように感じるかもしれません。

ウォルター・H・G・レヴィン マサチューセッツ工科大学

量子の世界の法則は、私たちが慣れ親しんでいる世界の法則とは、大きく違っています。
想像もしないようなことばかり起こるでしょう。
とにかくおかしなところです。
そうとしか言いようがありません。

これまで80年間、量子力学は成功を収めてきました。素粒子のレベルでは、奇妙なことが起きるのが普通なのだということです。普段の生活では、量子力学の不気味さを、直接感じることはありません。でも、この量子カフェでは、素粒子の世界で起きる奇怪な出来事が、身の回りで起こります。何度来ても、馴染めそうにありません。

オレンジジュースひとつ。

……努力してみます。

努力してみます、か。
はっきり注文を出すお客には、慣れていないんです。
ここではすべてが、偶然に支配されているからです。
私はオレンジジュースがほしいんですが、ほんとうに出てくるかどうかは、確率でしか予測できません。

望み通りであっても、違う結果であっても、がっかりしてはいけません。量子力学は、黄色いジュースや、赤いジュースをもらう可能性も、示唆しているからです。私たちの宇宙と並行して存在する宇宙では、どれも、現実に起きることです。

ウォルター・H・G・レヴィン マサチューセッツ工科大学

たとえば、1,000の可能性があって、そのうちのどれが起きるか、確信を持って言えなければ、1,000のすべてが起きるのです。
こんなことを言うと、ばかにして笑う人もいるでしょうね。
でも物理学の世界では、間違っていると思われたことが、正しかったということがよくあります。
絶対違っていると決めつけるのは、ちょっと待ったほうがいいですよ。

量子力学は、私たちの宇宙でも、普通はあり得ないことが、実際に起きる可能性があるとしています。たとえば小さな粒子なら、壁や障害物を通り抜けられる可能性があります。

私が壁のような硬いものを通り抜けられる可能性も、ゼロではありません。でも、量子力学の計算によると、その可能性は極めて低いので、ほとんど永遠に壁に向かって歩き続けなければ、成功することはまずないでしょう。ところが、ここではそんなことが、しょっちゅう起こるんです。

エドワード・ファーヒ マサチューセッツ工科大学

量子力学を理解しようと思ったら、まずこの宇宙についての固定概念を、すべて捨てることです。
私が心の底から、量子力学を直感的に理解しているかって?
答えは、ノーです。

アインシュタインもそうでした。宇宙の動きは、正確で予測可能だという信念を、最後まで捨てようとはしませんでした。ある結果が出る確率を、計算することしかできないという理論には、心の底から抵抗を感じていました。

マイケル・ダフ ミシガン大学

量子力学は、実験の確実な結果を知ることができません。
結果について、一定の確率を計算できるだけです。
これに対してアインシュタインは、神はサイコロを振らない、と言っていました。

ところが何度実験しても、間違っているのはアインシュタインのほうでした。量子力学は、原子より小さな世界のことを、的確に説明していました。

ウォルター・H・G・レヴィン マサチューセッツ工科大学

量子力学は、なくても構わない贅沢品ではありません。
どうして水はああなんだろう。
どうして水中で光は直進するんだろう。
どうして透明なんだろう。
分子は、どのように作られているんだろう。
そういったことを、直観に頼らず、原子のレベルで理解しようと思ったら、量子力学を使わなければなりません。
使わなければ、何もわからないといってもいいと思います。

エドワード・ファーヒ マサチューセッツ工科大学

量子力学は、驚くほど正確です。
予測が、実験結果と食い違ったことは、一度もありません。
一度もです。

新しい2つの力 かけ離れた重力

1930年代、アインシュタインの研究は手詰まりになっていましたが、いっぽうで、量子力学は、原子の秘密を解き明かしていました。宇宙を支配する力は、重力と電磁気力だけではないことに、科学者たちは気づきました。原子の構造を調べると、さらに二つの力が発見されたのです。

強い力

一つは、強い力と呼ばれるもので、陽子と中性子を繋ぎ止め、あらゆる原子の原子核を作っています。

弱い力

そしてもう一つは、弱い力。中性子を陽子に変化させる力で、そのときに、放射線を出します。

ブライアン・グリーン
コロンビア大学

最も馴染み深い重力は、量子レベルでは、電磁気力やほかの新しい二つの力に比べ、全く影の薄い存在です。強い力や弱い力といっても、わかりにくいかもしれません。でも誰もが、思い知らされているものがあります。1945年7月16日、ある実験によって、その力が初めて確かめられました。

TRINITY SITE
WHERE THE WORLDS FIRST
NUCLEAR DEVICE WAS
EXPLODED ON JULY 16.1945

ここはニューメキシコ州の砂漠。高さ30メートルの鉄塔のてっぺんで、原子爆弾の最初の実験が行われました。直径わずか1メートル半の爆弾が、TNT火薬2万トンに匹敵する破壊力を持っていました。強力な爆発によって、強い力が解き放たれました。原子核内部で、陽子と中性子を結び付けていた力です。

原子核を分裂させることで、信じがたい破壊のエネルギーが、放出されたのです。現在でも、放射能が検出されます。放射能を生むのは、弱い力です。

50年以上経った今でも、ここの放射線レベルは、まだ通常の10倍もの高さです。電磁気力や重力と比べると、強い力と弱い力は、非常に小さな範囲で作用します。でも、与える影響は、同じように甚大です。

では重力、すなわち、アインシュタインの一般相対性理論は、量子のレベルでは、どこにはめ込まれるのでしょうか。量子力学は、ごく小さな世界における力の作用を説明することができますが、重力は別です。

原子より小さな粒子のレベルになると、どのように重力が作用するか、全くわかりませんでした。つまり、一般相対性理論と量子力学を、どうしたら一つの理論に統合できるのか、誰も分からなかったのです。

重力を量子力学の言葉で説明しようとする試みは、何度も行われました。しかしいずれも、失敗に終わりました。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

この二つの数学を統合しようとしても、平和的には共存しません。

スティーブン・ワインバーグ テキサス大学オースティン校

実験の予測値が無限大になる、などという答えが出るんです。
ナンセンスとしかいえないでしょう?

ニマ・アルカーニ・ハメット ハーバード大学

皮肉ですよね。
重力は、ある程度きちんと理解された、最初の力だったんです。
ところが、それがほかの力とはかなり違って、かけ離れたままだなんて。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

自然の法則は、どこでも通用するはずです。
アインシュタインの法則と、量子力学の法則が、どちらも通用するなら、それが分離しているのはおかしいじゃないですか。

晩年のアインシュタイン

1933年、ナチスドイツから逃れてアメリカにやってきたアインシュタインは、ニュージャージー州、プリンストンに居を構えました。重力と電磁気力の統一の研究は、まだ続けていました。研究の成功が近いという見出しが、数年おきに新聞を賑わしましたが、大半の物理学者は、アインシュタインの時代は終わったと考えていました。

スティーブン・ワインバーグ テキサス大学オースティン校

晩年のアインシュタインは、ほかの研究者の論文を読むことをやめていました。
弱い力のことなどは、知らなかったのではないでしょうか。
そのような研究に、関心がなかったようです。
若いときに手を付けた研究に、没頭していました。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

理論物理学者が原子の研究を始めたとき、アインシュタインは完全に取り残されてしまいました。
実験から結果を得ようとする物理学からは、あえて目を逸らしていたようです。
量子力学の法則は、アインシュタインが進めている研究には、何の恩恵も与えませんでした。
かつての物理学界のリーダーも、第一線を退いた同情すべき老人と思われていました。

スティーブン・ワインバーグ テキサス大学オースティン校

まるで、騎兵隊を指揮する将軍のようでした。
第一次世界大戦のときに、大きな戦果を挙げた将軍です。
それが、最新の軍備を持った敵を向こうに回して、まだ、騎兵隊で戦おうとしているようなものです。

アルバート・アインシュタインは、1955年、4月18日に、世を去りました。ただ一つの理論で宇宙のすべてを説明するという、アインシュタインの夢も、潰えてしまったと思われていました。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

統一理論の探求は、物理学界の隅に追いやられてしまいました。
アインシュタインが亡くなった1950年代、統一理論に真剣に取り組んでいる物理学者は、ほとんどいなかったと思います。

以来ずっと、物理学界は二つの陣営に分かれています。いっぽうは、一般相対性理論を使って、大きく重い物体を研究しています。星、銀河、宇宙全体。そしてもういっぽうは、量子力学を使って、原子や素粒子といった小さな物体を研究しています。だから、まるでうまくやっていけません。互いに言葉も交わせないふた家族が、同じ屋根の下で暮らしているようなものです。到底無理なことに思えました。量子力学と一般相対性理論を融合して、宇宙の統一理論を作り出すなんてことは。

ブラックホール説明の難題

ブラックホール

そんな状況のなかでも、宇宙の研究は、着々と成果を挙げてきました。ところが落とし穴がありました。統一理論でなければ、決して解明することのできない、不思議な領域があったのです。ブラックホールのなかです。

カール・シュヴァルツシルト

1916年、ドイツの天文学者、カール・シュヴァルツシルトは、ブラックホールの存在を予測しました。それは、第一次大戦中、前線にいたときのことでした。シュヴァルツシルトは、大砲の弾道を計算する任務に就いていました。

任務の合間にアインシュタインの一般相対性理論を勉強した彼は、非常に大きな質量の物が小さな空間に凝縮すれば、時空の織物を極端に歪ませる重力が発生するのではないかと考えました。何ものも、光でさえ、その重力から逃れられません。シュヴァルツシルトの予測は、何十年ものあいだ、単なる理論に過ぎないと思われていました。

しかし現在では、宇宙望遠鏡によって、巨大な重力を持つ領域が、いくつか発見されています。シュヴァルツシルトの理論を裏付けるものと考えられています。ここで問題が浮かび上がりました。巨大な星が小さな点に押し潰された、ブラックホールのなかを解明しようとするとき、使うのは一般相対性理論でしょうか。それとも、途方もなく小さな点なので、量子力学でしょうか。ブラックホールの中心は、小さくもあり、また重たくもあるので、同時に二つの理論を使わなければなりません。

ブライアン・グリーン 

しかし、ブラックホールの領域で、二つを一緒にしようとすると、衝突して失敗してしまいます。
宇宙では、筋の通った理論しか存在することができないのです。

エドワード・ウィッテン プリンストン高等研究所

量子力学は、小さな物体には非常にうまく使えます。
また、一般相対性理論は、星や銀河には、とてもうまく使えます。
しかし原子も銀河も、同じ宇宙の一部です。
ということは、すべてを説明できる理論があるはずです。

ひも理論

大きな物体の理論と、小さな物体の理論を統一する方法。それをひも理論によって見出すことができるかもしれないと、科学者たちは考えています。ひも理論は、宇宙のあらゆる力、あらゆる物質が、一種類の構成要素でできているという考え方です。ひもと呼ばれる、小さな振動する、エネルギーの糸です。

マイケル・グリーン ケンブリッジ大学

ひもは様々なパターンで振動することができますが、粒子にそれはできません。
ひもが振動するパターンは、素粒子の種類に対応しています。

マイケル・ダフ ミシガン大学

バイオリンの弦のようなものです。
弦の振動とちょうど同じように振動しています。
それぞれの音が、言ってみれば、色々な粒子なんです。

マイケル・グリーン ケンブリッジ大学

ひも理論は、様々な粒子に関する私たちの知識を、驚くほど統一してくれます。

エドワード・ウィッテン プリンストン高等研究所

力や粒子を統一できるのは、同じ構成要素のひもが振動しているからです。

極めてシンプルな理論です。

ジョセフ・リッケン 米国立フェルミ研究所

ひも理論が、これまで科学の領域とは思えなかったような、根本的な疑問にまで光を当てる可能性が出てきました。
どのように宇宙は始まったのか。
どうして宇宙はこんな姿なのか、というようなことです。
科学の理論で、最も基本的な疑問に答えられるというのは、素晴らしいことだと思います。

しかしひも理論は、いっぽうでは論争を呼んでいます。ひもは存在してもあまりにも小さく、目で確認できる可能性はほとんどありません。

ジョセフ・リッケン 米国立フェルミ研究所

どうやってひも理論を証明するか。
みんな頭を抱えています。普通の理論と同じように、実証できなければ、それは科学ではありません。
哲学です。
そこが、大きな問題なんです。

S・ジェームズ・ゲイツJr. メリーランド大学

もし、ひも理論が、実証不可能ということになれば、誰も信じないでしょう。
でもひも理論には、ある種のエレガンスがあります。
理論物理学が発達してきた歴史を考えれば、ひも理論の全部でなくても、一部の正しさがいずれは証明されると、私は思います。

スティーブン・ワインバーグ テキサス大学オースティン校

100年後、優秀な理論物理学者は、みんなひも理論を研究しているかもしれませんね。
そうすれば現代は、英雄たちの時代として記憶されるでしょう。
理論物理学者が統一理論を見つけ出そうと努力し、ついに成功した時代として。
しかし、無残な失敗として記憶される可能性もあります。
私は、成功すると思ってますがね。
まあ、100年後にもう一度聞いてください。

私たちの宇宙に対する理解は、この3世紀のあいだに、大きく進歩しました。思い出してみてください、偉大な科学者、アイザック・ニュートンは、かつてこう言いました。

私は、浜辺で遊ぶ少年のようなものだ。ときどき、滑らかな小石や、かわいい貝殻を見つけて遊んでいる。そのいっぽうで、真実の偉大な海は、すべて未知のままに、私の前に広がっている。

しかし250年後、ニュートンの真の後継者、アルバート・アインシュタインは、こんな言葉を遺しています。

この巨大な海。自然のすべての法則は、一握りの数学記号で表現される、単純な基本理論にまとめることができるだろう。

アインシュタインが亡くなって半世紀。ひも理論が、いま、統一理論への夢を叶えようとしているのかもしれません。

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