古代文明の謎

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古代のセックス エジプト編

エロティック・パピルス

19世紀、エジプトにある王家の谷の近くで、ある不思議なものが発見された。壊れやすい壺に入っていたのは、古代の世界を生々しく描いたパピルス。いまでは、トリノのエロティック・パピルスとして知られるものだ。古代からの遺物の中でも、とりわけ物議を醸す存在である。

ベタニー・ヒューズ 作家・歴史家

中身はまるで、ポルノです。

3000年前のパピルスの絵は、現代の我々から見ても、過激なものだ。

ベタニー・ヒューズ 作家・歴史家

じっくりと見れば、古代の遺物の中でも、これほど過激な描写にあふれたものは、そうないと思えてきます。

古代エジプトの概念を覆すほどの大発見なのだ。

ベタニー・ヒューズ 作家・歴史家

当時の人々は、寡黙で禁欲的だったと思われがちですが、実像は全く違うようです。

シンボルや暗号の向こうに秘められた、秘密のメッセージとは何か。

エジプトには、未知の部分が残されています。
当時の性的な慣習や風習、モラルや法律を解き明かせば、そのとき初めて、古代エジプトにおけるセックスを、本当に理解することができるでしょう。

エロティック・パピルスの謎に迫る。

古代のポルノ雑誌

イタリアのトリノ。ここのエジプト博物館は、本家のカイロを除けば、世界最大のコレクションを誇る。

そのなかでも、特に珍しい遺物がこれだ。パピルス55-001番。トリノのエロティック・パピルスとして知られている。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

たいへん露骨にセックスを描写した、古代エジプトの文書です。
非常に貴重で、似たものはほとんど見つかっていません。

ぼろぼろのパピルスには、12種類にわたって、男女のあけすけなセックスの場面が描かれている。約200年のあいだ、公開されなかった。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

図書館で厳重に管理されて、閲覧には登録と正当な理由が必要でした。
しかも男性のみです。
ビクトリア時代の女性は、このように汚らわしいパピルスを見る、正当な理由を持ってはいないとみなされました。

トリノのエロティック・パピルスにまつわる謎は、いつの時代にも、議論を巻き起こした。今でもその真意は、誰にもわからない。神々の性生活を描き、死後の世界へと向けられた暗号のメッセージか、複雑で謎めいた、受胎の儀式の一部か。あるいは日常的なエロスの名残、つまり、古代のポルノ雑誌なのだろうか。

今回、我々はテレビ番組として初めて、この謎に挑む。図像やシンボルを解読すれば、古代エジプトのセックスを、より身近な視点で理解することができるはずだと、大英博物館のリチャード・パーキンソン博士は言う。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

古代エジプトの性に関するデータを調べると、当時の人々も、私たちとなんら変わらない思考や、感情や、欲望を抱いていたことがわかります。
神話やミイラ、魔術やピラミッドといった不可思議なものに囲まれていながら、セックスは、もっと興味をそそる問題だったのです。

作家のベタニー・ヒューズはこう語る。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

古代ギリシャやローマでは、性への貪欲さで有名です。
酒池肉林の宴の様子であるとか、墓場でのみだらな振る舞いなどは、彼らが残した、数々の遺物の中でも見られます。

だが、古代エジプトの場合は、よく知られていない。

古代エジプトの人々は、非常に繊細で官能的だったのです。
人間が性的に活発であることは、とても大切なことだと考えられていました。

古代エジプトの性的な遺物の隠匿には、歴史学者たちも手を貸した。ケンブリッジ大学のマイケル・スコット博士は次のように語る。

DR MICHAEL SCOTT, ANCIENT HISTORIAN, UNIVERSITY OF CAMBRIDGE

一部の資料は失われてしまいました。
イタリアでは、ローマ教皇が美術品などの性器をイチジクの葉で隠すよう命じています。
ビクトリア朝のイギリスでも、性器は見苦しいものとされていました。

大英博物館に収蔵された、豊穣を司るエジプトの神、ミン(ハピ)の像も、体の一部を取り去られている。大事なものが、意味ありげに無くなっているのだ。

エジプト学者のシャーロット・ブースはこう語る。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

ビクトリア朝時代に、博物館を訪れた人が、恥ずかしい思いをしないようにと、取り外されたのでしょう。
アモン・ミンの像も同じ目に遭いましたが、これはレリーフでした。

ペニスだけ取り外すわけにはいかない。そこで、より巧妙な修正が施された。

ロンドンのピートリー博物館では、展示品の番号札でうまくペニスを隠しました。
公衆の面前に、下品なものを展示しないようにしたのです。

女王のセックスの中傷画

一般の目に触れない性的な絵柄は、今も存在する。ナイル川をはさむテーベの西、エロティック・パピルスが見つかった場所にほど近い、約3000年前の遺跡は、近くを訪れる旅行者には見せないようにしている。

洞窟の中に隠されているのは、世界最古といわれる、中傷目的の卑猥な絵柄だ。絵そのものはきわどいだけでなく、モデルと思しき人物が問題とされている。ハトシェプスト。古代エジプトの数少ない女王の一人だ。

世界最古の部類に入る、性的な落書きです。
セックスの絵には、もっと古いものもあるでしょう。
しかし、この種の落書きとしては最古のものかもしれません。

絵は、女王を称える神殿の近くの洞窟に描かれていた。あからさまな性描写を描いた本人は、見つかれば、ただでは済まなかったろう。

LIZ CUMMINS, DEPARTMENT OF ART HISTORY, EMORY UNIVERSITY

女王のセックスが、重大なタブーであったのは間違いありません。
この絵は、隠されるべきものでした。
万が一見つかれば、描いた人間は、とんでもないことになったでしょう。

落書きが問題作であったため、これまで、一部の研究者しか洞窟には入れなかった。だが、今回は番組のため、このユニークな遺跡に入る許可を得ることができたのである。

遺跡は普段、旅行者などが入れないように塞がれています。
今日は特別に見学できるので、楽しみです。
石をどけて、これから中に入ります。
…ああ、すみません。ありがとう。

ああっ…と。
まあ、素晴らしいわ。
見事なものです。

この石灰岩の洞窟を、誰が掘ったのかはわかっていない。おそらく、王家の谷で働いた職人の一人が、自分の墓にしようとして掘ったのだと考えられている。

エモリー大学のリズ・カミンズは、長年、この隔離された遺跡に来ることを望んでいた。

夢のようです。
ああ…これだわ。
本でしか見たことのない絵を、こうして見られるとは。
感激です。

落書きを描いたのはおそらく、付近で働いていた人物でしょう。
たとえば、王の墓や、神殿で働いていた可能性もあります。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

落書きでは、ハトシェプストらしき人物が、彼女の副官であり愛人であったとみなされているセンエンムトらしき人物と、バックスタイルで交わっています。

よく観察すると、その意味が表れてくる。

LIZ CUMMINS, DEPARTMENT OF ART HISTORY, EMORY UNIVERSITY

セックスをしている男女の姿は、センエンムトとハトシェプストと考えられています。
理由は、この被り物です。ネメスと呼ばれる頭巾は、王を表す印と考えられてきました。
なおかつ、明らかに女性であることから、ハトシェプストだとみなされています。

多大な危険を冒してまで、なぜ王をモデルに、過激な絵が描かれたのか。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

作者の抱いていた嫌悪感を示すためでしょう。
真実の女神であるマアトの法に背き、エジプトの規範を覆す、女の君主に対する不満です。

落書きは、トリノのパピルスにも、新たな視点をもたらした。パピルスに描かれた、12種類のセックスの体位のうち、一つがほぼぴったりと一致するのだ。これも風刺をこめたメッセージなのか。

落書きはまた、古代エジプト人の日常を、垣間見せてくれるものだともいえる。

LIZ CUMMINS, DEPARTMENT OF ART HISTORY, EMORY UNIVERSITY

これらは、墓を作るため付近に住んでいた、労働者の世界を覗くことができる、ユニークな記録画です。
彼らのセックスに対する考え方は、神殿や墓で表現を許された方法とは、かけ離れていました。
普段は建前に制約され、本音が隠されているんですが、ここでは全く違った形で表わされています。

大きく勃起した神とさまざまなシンボル

だが、古代エジプト人の性生活について、完全に理解したと言える研究者はいない。さらに知識を深めるためには、エロティック・パピルスの本当の意味を解き明かす必要がある。エジプトの支配者に対するメッセージなのか。あるいは、神々に捧げたものか。神殿や墓所の中に手掛かりがあるかもしれない。

遺跡の壁にちりばめられた、秘密の暗号。性的なメッセージは、あらゆる場所に存在していた。…


…我々は、トリノのエロティック・パピルスと呼ばれる遺物の謎に取り組んでいる。王家の谷近くで見つかった落書きのように、エジプトの支配者へ向けられたものなのか。あるいは神聖な神々へのメッセージだろうか。

それを確かめるため、死後の世界へと続く、聖なる神殿に入ってみよう。図像には、暗号が隠されている。性的な意味を持つシンボルの数々。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

神殿の壁には、大きく勃起したペニスを持つ神や、セックスをする神の姿が見られます。
しかし、固く閉ざされた神殿に入るのを許された人は、ごくわずかでした。

ナイル川を遡り、エジプトで最も重要なルクソール神殿の中心部へと足を踏み入れてみよう。そこにある図像を分析し、隠れた意味を解き明かすのだ。

DR MICHAEL SCOTT, ANCIENT HISTORIAN, UNIVERSITY OF CAMBRIDGE

古代ローマの、おおらかでポルノ的な表現に比べ、エジプトのセックスはもっと記号化され、象徴的に表現されています。

多くの墓所には、彼らの死に対する意識が表れている。死後、肉体は来世へと向かわねばならない。墓は来世の入り口であり、セックスは重要な通過点だった。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

彼らにとって、死は終わりではなく、新しい命の始まりでした。
新しい人生は、誕生によって始まります。
そのため、死や葬儀などは、セックス、そして生殖能力に結び付けられていました。

コペンハーゲン大学の、リーセ・マニケ博士は、古代エジプトにおける性の歴史の第一人者だ。45年間、墓所美術の研究をしている。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

トゥーム・チャペルと呼ばれる神殿を併設した墓所の壁画には、主演や晩さん会など、日常生活を理想化した場面が数多くみられます。
しかしこれらは墓所にあり、みな死者のために描かれた絵なのです。

古代エジプトの人々は、こうしたイメージが生まれ変わりの助けになると信じていた。

この絵は暗にセックスを現しているのです。
実生活における、理想的な場面が描かれています。
現世にしろ来世にしろ、人が生まれてくるためには、その前に性行為が存在しなくてはならないのです。

神殿の壁に見られるシンボルは、トリノのパピルスにも描かれている。

鍵となるのは、睡蓮の花です。
睡蓮は復活のシンボルでした。
麻薬のような性質もあったらしく、いたるところで、人が睡蓮の花の香りを嗅いでいます。

壁画とパピルスの間には、ほかにも共通の記号が見つけられる。現代にも通じる意味を持つシンボルだ。

官能的な気分を盛り上げるために、まず使われるのはアルコールです。
私たち同様、古代のエジプト人にとっても、セックスと音楽と酒のもたらす酔いは、三点セットでした。
今もこの組み合わせは変わりません。

壁画は、セックスが来世での誕生に欠かせないと示している。だがその表現は複雑なものだった。

性的要素は大切なものでしたが、直接的にではなく、シンボルを通じて、表現されたのです。

ルクソール神殿を離れ、マニケ博士は、エジプトの首都カイロへと向かった。古代世界からの、とある重要な発見物を調べるためである。ツタンカーメンの秘宝だ。

古代のエジプト人が、いかに密やかな方法でセックスを描いたかを示す象徴的なヒントが、3500年前の衣装箱の絵に隠されているという。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

これはツタンカーメン王の墓で発見された衣装箱です。
王は玉座に腰かけたまま、弓を引き、矢をつがえています。
また足元では、王妃のアンケセナーメンが、次に射るための矢を準備しています。
弓を引き、矢を射かけようとする王の絵柄は、実に意味深長なものです。
これは記号化され、温かいメッセージが込められています。

ヒントは、言葉の二重の意味にある。

古代エジプトで矢を射るという意味のセティは、射精を表す言葉でもあります。
この絵は死後の世界でもう一度生まれ変わるために必要な、セックスを象徴しているのです。
来世で誕生するには、その前に性行為をしておかなくてはいけません。
それがここに記号として示されているのです。
再び生まれるために欠かせない、性的エネルギーに満ち溢れた様子を表現しています。

古代において狩りのイメージは、性的な勇敢さを表す。同じような暗号は、ネバブンという会計士の墓にもみられる。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

ネバブンは、自分の妻と幼い娘とを連れて沼地へ出かけていき、鳥や魚などを捕まえています。
当時の人の目から見れば、この絵は強烈にエロティックな場面であったといえるでしょう。

古代エジプトで、沼地を渡るという言葉は、セックスの婉曲表現なのだ。

この絵の中で示されている生殖能力や、多産性や官能性といったものは、死後の世界におけるネバブンの永遠の生命と、来世でも失われることのない性的な感覚を表しているのです。

トリノのエロティック・パピルスも、死後の世界と関わりがあるのだろうか。神々への暗号化されたメッセージなのか。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

絵には12種類の性行為が出てきます。
現世、来世、あるいは神々の世界を描いたものか、今も議論されています。

神々の性生活

真実に近づくためには、古代エジプトの神々の性生活を知らねばならない。

LIZ CUMMINS, DEPARTMENT OF ART HISTORY, EMORY UNIVERSITY

神殿の奥には、神官など、限られた人しか入れませんでした。
庶民は神殿の敷地にも入れませんでした。
これらの図像は隠され、一般の人々の目に触れることはありませんでした。

ルクソールの南、アビドスの神殿に見られるヒエログリフは、古代エジプトの神々におけるセックスの重要性を示している。

DR KELLY DIAMOND, VILLANOVA UNIVERSITY, HISTORY DEPARTMENT

古代エジプトでは、二通りの文字が使われていました。
そのうちの一つがヒエログリフ。
聖なる文字などと呼ばれるものです。
文章を書くときはさまざまな象徴的図像を組み合わせます。
つまり、文字の一つ一つが何かの絵なのです。
一つの文字には複数の意味が含まれているので、さまざまな解釈が成り立ちます。
この部分に描かれているのは、ファルスと呼ばれる男根像です。
ファルスは、エジプトのヒエログリフに使われる文字のひとつで、複数の意味を持っていますが、当然、性的な意味合いの強いシンボルでもあります。

ヒエログリフとしての男根像は、男らしさや積極性、生殖能力や性的な力を意味し、神々の性的な面を示す。マンチェスター博物館のカレン・エクセル博士は語る。

DR KAREN EXELL, CURATOR EGYPT & THE SUDAN, MANCHESTER MUSEUM

古代エジプトの人々は、セックスの大切さや象徴的な意味を理解し、性の営みを抜きにしては、社会が成り立たないことを知っていたのです。

セックスは、エジプト創世神話の中核をなしている。大英博物館に収蔵された、あるパピルスにも、神々が、世界を創るために行ったとされるセックスの場面が描かれている。性が、古代エジプトの宗教観において、魔法のように神秘的な側面を持っていたことを示す、貴重な証拠でもあるのだ。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

当時の規範は、今と違いました。
人間のセックスに関して、慎み深い古代エジプトの人々が描いた神聖な宗教画には、ほとんどポルノにしか見えないものもあります。

自分で自分にフェラチオをする大地の神ゲブの姿は、大地の甦る力や、豊かな実りを意味している。

これらは、神聖な宗教画として、最高神に仕えた女性神官とともに埋葬されていました。
私たちから見れば、驚くべきことです。

トリノのエロティック・パピルスの男たちも、ゲブ神のような巨根の持ち主だ。性に興じる彼らは人の子ではなく、死後の世界における神々なのだろうか。

削れたペニス

謎を追って、我々はアビドスの神殿に足を踏み入れた。奥にある男性器のシンボルは、イシスとオシリスの物語、つまり命と甦りの伝説に結びついている。

LIZ CUMMINS, DEPARTMENT OF ART HISTORY, EMORY UNIVERSITY

フタハソカルの礼拝堂に入ってきました。
ここには神オシリスを描いた、いくつかの興味深いレリーフがあります。
ミイラになったオシリスが、ベッドに寝ています。
オシリスの勃起したペニスの上には、鳥の姿をした女神イシスが描かれています。
墓所や落書きなどに見られる絵よりも状況が記号化されているのは、神々の姿だからです。
ここでは、女神イシスが女性の姿をとらず、とびや鷹など、猛禽類の姿をしています。
古代エジプトの人々から見れば、過激な絵ではなかったでしょう。
ペニスはオシリスの持つ力を表しています。
そしてイシスとオシリスが、ほかの神々、ひいてはすべての存在に対して特別な神であると誇示しておくことは、大切なことでした。

今も、一部の見学者にとってこの性的な遺物はある種の力を持っているようだ。神々の神秘的な力を借りたい女性たちが、この神殿を訪れるという。

多くの人が触ったので、ペニスの部分が削れています。警備の人も見学者も、みなこれに触れてご利益を得ようとします。
子宝を望む人は今でも、神の生殖能力にあやかろうと神殿を訪れるんです。

象徴的な絵柄は、死後の再生のためだけに存在したのではない。日常的な生殖能力や、性行為そのものにも結び付いていた。ベスの部屋と呼ばれる薄暗い小部屋の中で、象徴されるすべての意味を解き明かした者もいるかもしれない。

セックスと音楽の神、ベス神

トリノのエロティックパピルスに描かれているのは、過激で謎めいた古代エジプトのセックスだ。その真意は、同時代の性的なイメージの中に隠れているのかもしれない。セックスは神々と結び付けられ、死後、再び生をけるための行為と考えられていた。だがそのころの庶民の生活には、どう関わっていたのだろう。

DR KAREN EXELL, CURATOR EGYPT & THE SUDAN, MANCHESTER MUSEUM

古代のエジプト人にとって、セックスは日常に根差したものでした。
集落の遺跡を調べると、民家はとても小さく、みなが身を寄せ合って暮らしていたことがわかります。
セックスも、家族の見えるところでしていたのかもしれません。

性の営みや、妊娠、生殖能力は、ある神格と強く結び付けられていた。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

ベスと呼ばれる神は、生殖能力を司っていました。
また、妊婦や赤ちゃんの守り神でもあったのです。

子宝を望む古代エジプトの人々は、ベスとどのように交流したのか。近年見つかったある遺跡で、手掛かりを探してみよう。遺跡は、カイロから南へ35キロ余り行ったサッカラにある。ここは、死者の都とも呼ばれる地だ。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

ベスの部屋という遺跡では、4部屋ある小さな部屋にベスの像が飾られ、壁には裸の女性が描かれていました。

ベスの部屋の全貌は、今も謎に包まれている。

DR MICHAEL SCOTT, ANCIENT HISTORIAN, UNIVERSITY OF CAMBRIDGE

小部屋は、子宝に恵まれない夫婦が利用したようです。
ベスの部屋を訪れ、一夜を過ごした二人は、妊娠を期待しながら帰っていったのでしょう。
あるいは、神官を通じて、ベス神から直接アドバイスをもらったのかもしれません。

ベスは、日常生活に最も近しい神であった。夫婦とその子供に幸運や繁栄をもたらすと考えられていたのだ。出産の儀式でも、重要な役割を担っていたらしい。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

出産には危険が伴うため、さまざまな儀式が執り行われていました。
妊産婦と新生児を見守るために存在した、特別な神々の一つが、ベスです。
日ごろから身近な神様で、少々おどけた存在でもありました。

ベスにまつわる神秘的な儀式は、出産のときに悪霊を寄せ付けないためにも重要だった。マンチェスター博物館にある、珍しいベスの仮面は、出産の儀式で、女性神官が被ったもののようだ。

DR KAREN EXELL, CURATOR EGYPT & THE SUDAN, MANCHESTER MUSEUM

儀式で踊るとき被ったと思われます。
これらの踊りは、家庭や女性を加護するためのものでした。

マンチェスター大学のジョイス・ティルディスレー博士は、儀式についてこう語る。

DR JOYCE TYLDESLEY, LECTURER IN EGYPTOLOGY, MANCHESTER UNIVERSITY

儀式では、母と子を守るバリアとして円を描き、周囲を回って悪を退け、善を取り入れようとしたようです。
出産する母親にとっては、心強いものだったでしょう。

ベスには、よりエロティックな役割もあった。一説によれば、性感染症をけるお守りにもされていたという。体にベスの入れ墨をした若い女性の壁画も発見されている。古代エジプトにおける入れ墨は、もっぱら女性の体のエロティックな場所を彩るものだった。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

これは、生殖能力を象徴する、新王国時代の女性の像です。
お尻の部分に入れ墨があります。
ベルトのように並んだこの小さな点が、セックスと生殖能力を表しています。
また、興味深いことに、像には足の先がありません。
この像をお墓に入れるとき、生殖能力とともに、この女性が逃げないようにするためです。

死者の花嫁と呼ばれるこの小さな像は、多産と若返りのシンボルと考えられている。

入れ墨をしたミイラの体にある奇妙な印は、赤ん坊を守るためのものではないかと考える研究者もいるのだ。

女性の腹部には点の入れ墨が施され、妊娠してお腹が出てくると、入れ墨が網目のように広がり、子供を守ったという学説もある。だがベスには、別の顔もあった。

ダンスや音楽、歌や酒のもたらす酔いを司る神でもありました。
楽しい宴の守り神だったのです。

紀元前1300年ごろの青い深皿に描かれたエジプトの女性の太ももにも、ベスの姿が見られる。女性が、音楽家であることは間違いない。セックスと音楽は、深く結びついているのだ。

今日こんにちでも、ベリーダンサーはコインのベルトを身に着けて音を出し、官能的な体の動きを引き立たせる。古代エジプトのセックスにおいては、音が重要な意味を持った。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

セックスと音楽は、たいてい一緒に描かれていました。
二つはセットなのです。

音楽や踊りのイメージもまた、神々との絆を感じさせる。ある女神は、当時の一般的なセックスについて、新たな視点を与えてくれるだろう。女神の名は、ハトホル。太陽神ラーの娘で、個人の性生活において、最も重要な神だ。肉体と精神、両方の愛を司る女神である。

ハトホルに捧げる儀式には、シストルムと呼ばれる、聖なるガラガラのような道具が欠かせませんでした。
女神の姿の描かれています。
シストルムを振って音を出しているあいだは、姿は見えなくとも、女神がそこにいると考えられていました。

この音がセックスを意味しているのだろうか。ビラノバ大学のケリー・ダイアモンド博士はこう語る。

DR KELLY DIAMOND, VILLANOVA UNIVERSITY, HISTORY DEPARTMENT

紀元前500年前後の古王国時代における墓所の装飾には、祝いの儀式のため、ほとんど裸の女性たちが、シストルムを振りながら踊っている姿がよく見られます。

神殿の中で記号化されたセックスと音楽との関係は、トリノのパピルスにも共通している。我々は、独自の修復を通じて絵の中にシストルムを発見した。セックスのあいだ、女神ハトホルがそこにいることを示しているのである。神々に捧げる儀式は、生殖能力や、性行為も助けるものであったようだ。

一般市民のセックス

だが、当時の一般市民は、セックスをどんなふうに捉えていたのか。トリノのパピルスには、3000年前の驚くべき場面が描かれている。古代エジプトの日常的な性生活は、この絵を解き明かすヒントになるだろうか。

当時における性的なイメージのいくつかは、神々や子宝を願う儀式との関連があった。だがエロティック・パピルスが、単にポルノだという可能性はないのだろうか。それを確かめるには、当時の一般的なエロチシズムを知る必要がある。

我々は、パピルスが発見されたといわれる、遺跡へと赴いた。王家の谷を造営する労働者が暮らした、歴史的にも重要な集落である。ディール・エル・メディナと呼ばれるこの場所は、古代のセックスの謎を解く手がかりを与えてくれる。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

遺跡から、人々の抱いていた性のイメージ、たとえば、猥談や姦通についての考え方などを知ることができます。

発見された資料から、村落の歴史を通じて常に100人ほどの住民がいたことがわかっている。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

ディール・エル・メディナを見下ろす高台に来ています。
あちらの山の向こうにあるのが、王家の谷です。
ディール・エル・メディナには、王家の谷で王族の墓穴を掘り、中を装飾した労働者の単なる居住区があっただけでなく、彼らのお墓もあるのです。

労働者たちが手掛かりを残している。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

王家の谷の労働者は、10日単位で仕事に就いていました。
女性と離れて働く10日のあいだには、性的な欲望を募らせていたことでしょう。
そのため、これらの考古学的資料は、彼らの実際の性生活を描いたものなのか、それとも、10日の仕事が明けた後に待っている、完璧なセックスを夢想したものなのかは、わからないのです。

スワンジー大学でエジプト学を教える、アラン・ロイド教授はこう語る。

PROFESSOR ALAN LLOYD, SWANSEA UNIVERSITY, EGYPTOLOGY

村が作られたのはアメンヘテプ1世の時代。
紀元前1520年から10年のあいだだと思われます。
それから400年ほど続きました。

今では、古代エジプト社会の縮図と考えられている。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

しかし、主な住民は物書きや芸術家でした。
みなが高い教養を持っていたので、古代エジプトのほかの地域に比べれば、特別な場所ともいえます。

遺跡からは、大量の工芸品や文書が発見された。おかげで人々の生活やセックスに対する考え方も知ることができる。

このパピルスは、紀元前1500年前後、新王国時代に書かれたとみられる文書だ。とある職人の、エロティックな小話である。主人公は人妻と、またその娘とも関係を結び、娘のほうを自分の息子に譲る。

PROFESSOR ALAN LLOYD, SWANSEA UNIVERSITY, EGYPTOLOGY

古代エジプトの日常生活に関して、これほど多くのことを教えてくれる遺跡は、ほかにありません。

遺跡の考古学的資料は保存状態が良い。なにしろ、王家の谷周辺の地層は石灰岩でできていたのだ。職人は、石灰岩の破片をスケッチブック代わりに使うことができた。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

ディール・エル・メディナからは、見事な絵の描かれた、石灰岩の欠片が大量に見つかっています。王家の谷の職人たちは、たまの休みには、こうした石に絵を描いて過ごしていました。

オストラコンと呼ばれるこの石は、何千個も見つかった。古代史の魅力的で重要な一面を示してくれるものだ。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

これは、ディール・エル・メディナの村で見つかった、石灰岩の欠片です。
王家の谷の装飾をした職人たちは、こうしたものに落書きをしました。
セックスをする男女の絵の横に、ヒエログリフで書かれた文章が見られます。
女性が、肌のほてりを静めてほしいと言っているのです。
おそらく壁に見られる宗教画を、茶化したものでしょう。

彼らは、石の欠片に思いつくまま絵を描いた。嗜好は普段の生活を反映するものだ。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

スケッチには男女の性行為など、エロティックな絵柄が見られます。
私的なものとはいえ、エジプト美術では貴重です。でもこの村からは、そうしたものが出てきても、おかしくはありません。

石像同様、こうしたエジプトの遺物は、いつの世も検閲の対象となる。いまでも、一般に公開されるものはわずかだ。カイロ美術館にある、古い収蔵庫の片隅に隠された遺物の性描写は、過激だが、どこか美しい。

学芸員の、ワヒード・エドワーは、この3000年前のスケッチブックについて説明してくれた。

WAHEED EDWAR, ASSISTANT CURATOR, THE EGYPTION MUSEUM, CAIRO

ここには、ディール・エル・メディナや、ルクソールで見つかったオストラコンがあります。
オストラコンとは、貝殻や石灰岩の欠片を示すギリシャ語です。
ディール・エル・メディナにおける、古代エジプトの労働者たちは、普段見る動物の様子や王族の姿などを、オストラコンにスケッチしました。
男と女の関係を描いたものもあります。
たとえばこれには、セックスをする男女の姿が、黒いインクで描かれています。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

向かい合って座った男の肩に、女が足をかけ、首を太ももで挟んでいます。
似たような絵がしばしば見つかるので、よくある体位だったのでしょう。
ポルノ的な絵には適当なものが多いのですが、これはうまく描かれていると思います。
美術的にも、質の高いものです。

彼らが普段感じていた、エロチシズムの一端が見えてきたようだ。ディール・エル・メディナにあった別の絵では、若い女性が、透き通った服を身に着けている。古代エジプトで繰り返し現れるイメージだ。

PROFESSOR ALAN LLOYD, SWANSEA UNIVERSITY, EGYPTOLOGY

新王国時代の女性たちは、丈の長いリネンの服をまとった姿で描かれていました。
服は透けて見えるような印象を与えます。
もちろん実際には見えません。
しかし、上質なリネンの服は体にまとわりつき、服の内側に隠された体の線をうっすらと浮かび上がらせます。
そして見る者に、女体の曲線美を強く意識させるのです。

古代エジプトの恋愛詩を調べると、一般の人々が抱いていた性的なファンタジーについて、より深く知ることができる。古代のエジプト人が持っていた官能性を示す文章だ。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

古代エジプトに暮らした人々は、紀元前1500年ごろになると、こうした美しい愛の詩を贈り合うようになりました。
男性はみな英雄のように描かれ、理想化された女性は濡れた衣服を体にまといつけて、ナイルの川から現れるのです。

ベタニー・ヒューズは詩の中に、今でも十分通用するタイプのファンタジーを見つけた。

これなど、よい例でしょう。
3000年前に書かれたもので、ディール・エル・メディナで見つかった、恋愛詩の一部です。
ある男が、恋人の白く完璧な乳房を描写しています。
そして、彼女の指は睡蓮の花びらのよう、美しさは太もものあいだに宿り、道を歩けば男はみな振り返る、と書いてあります。

これらをつなぎ合わせると、古代エジプトにおける男の究極の夢が鮮やかによみがえる。神聖なナイル川から、妖しく濡れた、美しく魅惑的な娘が現れるのだ。現代の映画や広告でも、頻繁に目にするイメージである。

彼らはとても官能的でした。非常に巧みな詩を贈り合った恋人たちもいたようです。

壺によるオーガズム

性的な嗜好が現代にも通じるのなら、古代の人々も、いわゆる覗き趣味を持っていたかもしれない。露骨に性を描いたパピルスは、世界初のポルノ雑誌で、当時のセックスの実態を示すものだという可能性はあるのだろうか。

トリノのエロティック・パピルスは、古代文書の中でも、性描写が最も露骨なものといえる。だが本当の意味は、謎のままだ。古代エジプトにおける性生活の実情を理解するためには、この暗号を解き明かさねばならない。

PROFESSOR ALAN LLOYD, SWANSEA UNIVERSITY, EGYPTOLOGY

一部のエジプト学者は、エロティック・パピルスの話題を取り上げるとき、ことさら真面目くさった態度をとります。
彼らは、明らかに恥ずかしがっているのです。
しかし、古代エジプトに生きた人々の性に対する考え方は、一神教のモラルに縛られた現代のさまざまな社会よりも、よっぽどおおらかで、肩ひじの張らないものでした。

だがパピルスは、長いことひた隠しにされてきた。トリノのエジプト博物館でも、前任の学芸員が、パピルスの正面にテーブルを置いたため、じっくりとは見られなかったのだ。

番組は、パピルスを特殊な角度から撮影する許可をとった。歴史学者のベタニー・ヒューズも、長年これを近くで観察したいと願った人物の一人である。今回は、意外な発見をしたという。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

これは世界でも珍しいものだと思います。
こんな存在は、ほかにはないでしょう。
非常に丁寧に描かれた、素晴らしい作品です。
じっくり観察すると、興味深いことがわかります。
これは古代のポルノ雑誌でしょう。
年かさの男が、エジプトの若く美しい娘たちと大いに楽しんでいるところが、12種類のエロティックな場面として描かれています。

パピルスは、長年ぞんざいに扱われたため、損傷が激しい。欠損箇所はあるが、古代のジグソーパズルを完成させるには十分な断片が残されていた。研究者の助言をもとに、コンピュータ・グラフィックスを用いて、パピルス本来の姿をよみがえらせた。3000年以上も前の人々が目にしたイメージを、我々なりに描きだしてみたのである。

DR RICHARD PARKINSON, CURATOR,ANCIENT EGYPT & SUDAN, THE BRITISH MUSEUM

トリノのエロティック・パピルスは、何のためのものか、判断の難しい遺物です。
これを描いたのは、田舎の庶民ではなく、高い教養を備えた、洗練された人物に違いありません。
性行為に関する学術論文ではないかと考える人もいますし、宗教的な文書だという人もいます。

パピルスの一部に、動物が人の行為を真似る様子が見られることから、ユーモアのために描かれたものだとみなす学者もいる。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

誰かが、眠れぬ夜の暇つぶしに描いたものなのか、もっと深遠な目的があったものなのかは、誰にもわからないのです。

復元された画像の中には、さまざまな体位でのセックスが描かれている。ある場面では、戦車に乗った女性がセックスをしている、謎めいたイメージだ。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

古代エジプトの美術でも珍しい絵柄で、確かな意味合いは私にもわかりませんが、おそらく戦車は、名声と権力の象徴なのでしょう。
つまり3200年の昔から、今に至るまで、セックスと暴力は融合された形で描かれてきたのです。

年老いた男が、女の髪の毛を掴んでいる。当時髪の毛は、エロティックなものであった。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

新王国時代、とくに18代から19代王朝のころ、髪の毛は女性のもっともエロティックな魅力の一つでした。
ほとんどのエジプト人は、シラミなど頭にたかる不快なものを取り除くために、髪の毛をすっかり剃り落して、非常に手の込んだかつらをつけていたのです。

古代エジプトの文書には、かつらをかぶったらベッドへ行こう、という一節もある。

より大きく、精巧なかつらほどセクシーだと考えられていました。
第19代王朝のころに書かれた恋愛詩には、恋に夢中になるあまり、何も手につかず、半分しか編んでいない髪をそのままにしておく女性が登場します。
中途半端なかつら姿を人に見られることは、裸でいるところを見られるのと同じくらい、恥ずかしいことでした。

パピルスには、現代に通じる快楽主義も見られる。ドラッグでハイになった娘が、年かさの男と楽しんでいるのだ。

DR KAREN EXELL, CURATOR EGYPT & THE SUDAN, MANCHESTER MUSEUM

ほとんど何も着ていない若い娘たちが、セックスに興じています。
彼女らの頭の上に描かれているのは、睡蓮の花です。これらはシンボルであり、実際に花を飾っているわけではありません。
絵の中に登場する人物が、睡蓮から取り出した、麻薬のような成分の影響下にあることを示しています。
睡蓮の花の効果によって、若い娘たちは開放的になり、セックスを楽しんでいるのです。

ドラッグに、酒に音楽。年輩の男。これは、古代の売春宿を描いたものだろうか。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

私は、売春宿だと思います。さまざまなセックスが行われていますし、青銅器時代のエジプトの、ごく普通の夜を描いたものとは考えられません。
面白いことに、もしそうだとすれば、そのころにはまだ貨幣経済がなかったので、売春婦への支払いには、魚や小麦が使われたことでしょう。

だが、古代エジプトに売春婦がいた証拠はあるのか。

CHARLOTTE BOOTH, EGYPTOLOGIST

可能性は高いでしょう。
よく言われる通り、世界最古の職業ですから。
売春の存在を示す情報は、断片的なものしかありません。
その一つが、このパピルスです。
新王国時代のテーベの売春宿を描いたものとも考えられます。

最大の疑問が残る。誰のために、そして、何のために描かれたのか。

DR LISE MANNICHE, UNIVERSITY OF COPENHAGEN

ポルノのエロティック・パピルスを巡っては、さまざまな説があります。
12種類の体位が示されていることから、神々と結び付けて考える人もいれば、テーベの神官が、売春宿に繰り出した様子だという人もいます。
しかし最も有力なのは、ごく初期のポルノだという説でしょう。
手掛かりは登場人物のあいだに書かれた文章です。
会話の断片から、パーティが開かれているとわかります。

ある場面では、アンホラと呼ばれる古代の壺を使って快楽を得ながら口紅を塗る女性が描かれている。傍らの文章がかろうじて読み取れた。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

女性が口紅を塗っています。
鏡を見つめ、長いブラシで紅をさすしぐさ自体、当時のエジプトではエロティックなものでした。
美女をかたどった柄のついた手鏡も見つかっているほどです。

でも、下のほうに目を移せば、これがとても卑猥な絵だということに気が付くでしょう。
若い娘は股を広げて、逆さにしたアンフォラの上に腰かけているのです。
とがった壺の先端が、彼女の中に入っています。
つまり、マスターベーションをしているのです。

表情からすると、壺は役に立っているようですね。
面白いのは、横にある彼女のセリフです。
そばにいる年輩の男に向かって、あなたが何もくれないからこれに頼るしかない、と言っています。
そして壺で、オーガズムを得ているのです。

こちらの文章もボロボロになっていますが、彼女のセリフです。
その大きいものを早く頂戴、本当にスケベで悪い人、と書いてあります。
充血した巨大なペニスを見れば、アンフォラの横にいる男は、喜んでいるようです。

これらの証拠からすると、トリノのエロティック・パピルスは、世界最古のポルノ雑誌なのかもしれない。

PROFESSOR ALAN LLOYD, SWANSEA UNIVERSITY, EGYPTOLOGY

セックスの様子は細部まで淫らで、とても丁寧に描かれています。
私はこの作者のことを想像するとき、一昔前のカイロでよく見かけたタイプの男を思い出します。
にじり寄ってきては、お客さん、エッチな絵があるよ、と誘うのです。
私は、エロティック・パピルスがポルノ雑誌の先駆けであるという説を支持したいと思います。

誰が何のために、トリノのエロティック・パピルスを描いたのかは、永遠の謎だ。3000年後の今、確かなのは、古代の遺物として専門家から重要視されているという事実だけである。

BETTANY HUGHES, AUTHOR AND HISTORIAN

古代エジプトの性の真実を教えてくれるという点で、このパピルスには計り知れない価値があります。
当時の人々が、どんな風にセックスをし、何を楽しみ、どんなことを危なくて不道徳だと考えていたのかが、わかるのです。

我々は、古代エジプトのセックスの謎を解明したとは言えないが、数々の絵解きを通じて、より具体的なイメージを掴むことができた。

トリノのエロティック・パピルスは、エジプト文明に関する新たな視点を与えてくれたばかりだ。

当時の信仰や、子宝を願う儀式、エロチシズムについても、教えてくれた。セックスは、古代を身近に感じさせてくれる手掛かりなのだ。

<終>

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