古代文明の謎

ピラミッドの謎

イントロダクション

ギザの大ピラミッドに関する従来の研究は、不可解な事実に目を背けていたのである。

根底から覆される人類史
史上最もセンセーショナルな謎解き

大ピラミッド建設の謎解きを手探りで始めた私の旅は、思いもよらぬ展開に。

すべて事実に基づく、古代遺跡から文明のルーツまで、時空を駆け巡り、大ピラミッドの謎に迫る旅だ。

歴史が塗り替えられる衝撃に、あなたは耐えられるか?

ここに明かすのは、画期的な大発見である。結論は賛否分かれようと、あなたの地球の見方は、永遠に変わるだろう。

世界を揺るがす真実の探求

<THE REVELATION OF THE PYRAMIDS>

ピラミッド建造者の8つの離れ業

大ピラミッドの研究には、見落としがあったようだ。これから試みるのは、古代エジプト史の定説に対する挑戦である。新たな真実を解き明かすためには、慎重かつ粘り強い姿勢を貫かねばならない。衝撃的な事実の断片をつなぎ合わせながら、謎に満ちた過去への扉を開こう。すべてはここから始まるのだ。

まず、大ピラミッド建造者たちの8つの離れ業を、詳しく検証してみよう。

その1

ピラミッドの底は、中央に大きな岩の塊が残されている。周囲6,000ヘクタールを覆う礎石そせきの重さは、1つだけで乗用車に匹敵。この重大な事実を指摘した学説はほとんどない。

その2

800キロ遠方から運んだ130個の花崗岩かこうがんは、1つあたり最大で70トン。これを積み上げる作業は、現在でも困難だろう。

その3

大ピラミッドには不釣り合いなほど小さな玄室が、3つしか存在しない。長さ90メートル、幅90センチの通路が地下のまで下降する精度は驚異的だ。建築家のピエール・ルイジ=コパも舌を巻く。

ピエール・ルイジ=コパ 建築家

狭い下降通路での作業は、この上なく困難だったでしょう。
しかも、正確に測量しなければ、傾斜角は保てません。
道具を駆使しながら作業を進めなければ、このような建築物はできません。

その4

形も大きさもばらばらな、乗用車並みの重さがある石を、200万個も積み上げる精度は、今日こんにちでも通用するだろう。

一番上の玄室は、完璧な水平と垂直を維持している。通常8ミリほどは生じる誤差も、1ミリしかない。構造工学技術者のクリス・ワイズも驚く精度だ。

クリス・ワイズ 構造工学技術者

古代の建築に見られる精度の高さは、驚きに値します。
おそらく現代でも、これほど正確な技術は、なかなか達成できないでしょうね。

大ピラミッドは3つの大地震を経験。13世紀にカイロが壊滅した地震でも…。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

内部も含めてびくともしませんでした。

その5

25/100度のずれ(パリ天文台)
5/100度のずれ(ギザの大ピラミッド)
パリ天文台(17世紀)

ピラミッドが示す北は、誤差が100分の5度未満。現代に匹敵する精度だ。17世紀の天文台でも、方位の正確さは、5倍も低いものだった。

その6

ピラミッドの各面は、わずかに内側へ屈折し、8面で構成されている。不揃ふぞろいな石で作るには、困難な形状だ。

ピエール・ルイジ=コパ 建築家

4辺が内側に屈折した8つの側面を持つ巨大構造物を、ミリ単位の精度を維持しながら構築するのは、極めて難しい技術です。
同じものを作ろうとすれば、現在の機器を用いても、恐らく四苦八苦してしまうに違いありません。

その7

ピラミッドの工期は20年とされている。ここから作業速度が割り出せる。1日12時間、無休で200万個の石を積んだとしても、1個当たりの作業時間は、わずか2分半だ。

その8

まだ車輪や鋼鉄が存在しない時代に、銅製ののみ・・や石、麻縄あさなわといった道具だけで、唯一現存する世界の七不思議は築かれたことになる。


約4700年前、人類の多くが狩猟生活を送っていたころ、大ピラミッドは着工された。石灰岩の大地を切り開き、敷き詰めた礎石そせきはサッカー場6個分に相当。

総重量620万トン、200万個の石を積んだ高さは、42階建てのビルに相当。内部には、長さ90メートルの細い通路がまっすぐに貫通し、130個の巨大な花崗岩かこうがんを60メートルの高さに構築。

驚異的な耐震性を持つ8面体の構造物は、現代に通用する精密な技術を駆使し、20年で完成。たったこれだけ(写真右)で。

何一つ立証されていない王国

これら矛盾した事実が、大ピラミッドの謎を深めているのだ。真相の究明に乗り出した私は、10年の歳月を経て、思わぬ結論に到達した。従来の学説が、科学的根拠に基づいているかどうかすら、疑わしいのである。

まず、古王国ancient empireの歴史から検証してみよう。

エジプト学の権威、ルクラン博士も、紀元前680年以前の歴史はあいまいだと語る。ローマやギリシャの文献と照合できず、不明な点が多いのだ。

ジャン・ルクラン エジプト考古学者

200年ほどの誤差はあり得ます。

ギュメ・アンドリュー=ラノエ ルーブル美術館学芸員

古代エジプトで文献が多く残っているのは、一部の時代にすぎません。
古王国などに至っては、疑問符だらけですよ。大ピラミッドの建設に不明な点が多いのは、確たる記録が存在しないからです。

大ピラミッドを墓にしたといわれるクフ王も、治世の年代はあやふやだ。

ジャン・ルクラン エジプト考古学者

ファラオに関する厳密な記録は皆無です。

石碑やパピルスに記された文字は、難解なうえ、摩耗して薄れ、読み取りづらくなっている。長い年月を経て、大ピラミッドの記録も、おぼろげになったのだ。

ジャン・ルクラン エジプト考古学者

学者の見解はばらばらです。
どれをとっても、憶測の域を出るものではありません。

大ピラミッドをめぐる仮説で、立証されたものは皆無である。

そこで、地質学や石材加工の専門家や、エンジニアや建築家たちに協力を仰ぐことにした。現代建築の二つの事例を引き合いに、ピラミッド建設の規模を検証してみよう。

アブ・シンベル神殿移設工事
1963年~1972年

1960年代、ダム建設による水没から、アブ・シンベル神殿を救う国際プロジェクトが実施された。重機を使い、5年がかりで神殿を2,200のブロックに解体し、移築したのである。

粘土採掘場跡
フランス ソエンヌ県

ピラミッドは、重機なしで200万個の巨石が運ばれ、20年で築かれた。こちら(写真右)は、かつての粘土採掘場。大ピラミッドより小さな採掘場の埋め立ては、12年の歳月を要した。3分に1台の割合で、1日80台のトラックが砂利を搬入するだけでも、相当な時間が必要となる。

ミヨー高架橋建築現場
フランス

ジャン=ピエール・マルタンは、ミヨー高架橋の建設を指揮した人物だ。

ジャン=ピエール・マルタン ミヨー高架橋建築計画主任

ピラミッドは神か宇宙人が作ったのではないかと、現実主義者の私ですら、信じたくなるほどです。
とても人間業とは思えませんよ。

(左)A 675 FEET BASE
A 195 FEET HEIGHT
150 YEARS
(右)A 690 FEET BASE
A 438 FEET HEIGHT
20 YEARS

メキシコに残る古代のピラミッドは、大ピラミッドの半分の高さだが、工期は150年である。なぜ、エジプト学者は“20年”にこだわるのか?

工期がクフ王の治世を越えると、ピラミッドの王墓説が崩れる。主流派の意見をどうぞ。

ジャン=ピエール・アダム

昔から言いふらされてきた、門外漢の噂話です。
ピラミッドに別の機能があるなんて。
俗説にすぎません。

王の墓ではない可能性をピラミッドのなかに探るのは、エジプト学者から見れば、ばかげた行為に違いない。

アビドスのオシレイオン遺跡

案内役を引き受けてくれた研究者の助言がなかったら、お手上げだっただろう。彼がほかの古代遺跡も見るよう勧めてくれたおかげで、手掛かりを得られたのだ。

オシレイオン
エジプト アビドス

そこで目についたのは、奇妙な形状の石だった。形が同一なら積み上げやすいのに、あえて手が加えられている。

ピエール・ルイジ=コパ 建築家

私から見ても、これは全くの謎です。

謎はほかにもあった。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

セメント無しで石を密着させるのは、驚異的な技術だといえます。

かみそりの刃も入らぬ接合部。カーブも隙間もなく密着したこれらの石は、トラック20台分の重さがある。

リュック・グロード 石材加工専門家

近代に、こんな巨石が積まれた例はありません。

石の形状には理由があった。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

遠方から搬入する石は、貴重品だったはずです。

リュック・グロード 石材加工専門家

石材を節約したのでしょう。

採石場が800キロも遠方なら、石の節約も当然だろう。現在の石材加工は、どのような工程を経ているのだろうか?

フィリップ・ロベール 石材加工会社社長

まず最初に、大きさを設定して石を切り出し、
合致するよう形を整えたうえで、積み上げていきます。

しかし、機械を使わず、人の手だけで巨石の加工ができるものなのだろうか?この通路の壁に見られる特徴的な石の積み上げ方は、左右対称になっている。

この部分も、同様に相似形だ。石は到着順に積まれていったのではなく、意図的に形を変えて並べていたことが見て取れる。単純な道具だけで、鋼のような硬い石を加工し、重機も使わずに積み上げた記録は、エジプト学の迷信的な絵に残るのみだ。わざわざ形を変えた目的は何だろう?

ジョセフ・ダヴィドヴィッツ教授 地球科学者・エジプト学者

建造物の強度を高めるには、大きさの異なる石材が必要です。
それによって壁が崩壊しにくくなり、地震などの衝撃に耐える強度が生まれます。

大きさや形状がぞろいな石材
フィリップ・ロベール 石材加工会社社長

形状や大きさが異なる亀裂のない石を使えば、頑丈な壁を作ることができます。

この石積みが地震に強いことは、ピラミッドが自ら証明している。耐震構造を利用したのは明らかだ。しかし、古代エジプト人はいかにしてこの特性を知り得たのだろうか?

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

ピラミッドについて、ある一個所を調査すれば、すべてを見直す必要に迫られます。

大ピラミッドの8面の謎

人々は単調な石積みを、複雑化して楽しんでいたのだろうか。大ピラミッドの側面をあえて8分割したのも、一見無意味に見える。

真の意図を探る糸口は、第二次世界大戦前のカイロにあった。数学教師のアンドレ・ポシャンが入手した驚くべき写真は、秋分の日と夕刻をとらえていた。

空軍が撮影した秋分の日の写真

ピラミッドの南の側面が、光と影で二分割されている。

春分の日の朝
赤外線写真による検証

これは、屈折した側面に太陽が当たる、わずか数秒間しか見られない光景だ。この現象が生じるのは、年に2回、太陽が真東まひがしから昇るときのみ。ポシャンは、1934年の春分の日に、赤外線写真を撮影し、改めて検証した。

ピラミッドの大きさと形、方位の正確な情報をインプットすれば、コンピュータ上でも再現可能だ。

表面を化粧石が覆っていたころは、へこみがなかったとみなす説もある。カフラ王のピラミッドが平らなことから、屈折は偶然の結果と考えられてきたのだ。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

これは、意図的なものではなく、構造上、偶然へこんでしまっただけです。

つまり、建設中に重みで側面が屈折。表面の化粧石が崩壊したことで、偶然に生じたのが、春分と秋分の二分割現象理由というわけだ。専門家はこう見る。

クリス・ワイズ 構造工学技術者

構造物の側面に、2方向からの力が加わり、直角にへこむなんて考えられません。
4面そろっているのも、不自然です。

ジル・ドミオン 建築家・作家

屈折が偶然の産物だったら、内部に亀裂が入るはずです。
建築家の意図でしょう。

ピエール・ルイジ=コパ 建築家

作為的です。

大ピラミッドの北側に、現在もわずかに残る化粧石は確かに平らで、へこみは見当たらない。しかし上の段と角度が食い違うため、もともとここにあったものではないと考えられる。側面の屈折が、太陽の分点を知らせるサインだとすれば、ピラミッドの複雑な構造にも説明がつく。

エジプト学者が否定するのは、春分と秋分における太陽の正確な位置と方角を、原始的な道具で割り出すには無理があるためだ。

ギザの大ピラミッドの東側

当時の道具は本当に単純だったのだろうか?大ピラミッドの脇に点在する、何の変哲もない、一群の黒い礎石そせき。カメラを回せば警官に怪しまれてしまうほど。

しかしよく見るとこれらの石には、研磨部分や、のみ・・の痕跡、人工的な筋。切れ目もある。

研磨部分
のみ・・の跡
人工的なすじ
切れ目

これらは現代の工具で切断した岩の形状と酷似していた。5000年の隔たりがあるとは、到底思わないだろう。

(左)1998
(右)-2750BC
(左)1998
(右)-2750BC
(左)1998
(右)-2750BC

アブ・アグラブ遺跡の謎

アブ・アグラブ遺跡 エジプト

同時代のほかの遺跡にも、驚きの発見があった。

岩に開けられた穴は、まるで掘削機を使ったようだ。

筋入りの円筒を削り出す方法は、いまだ解明されていない。

道具の問題を追及すると、古代エジプトで最も古い工芸品にたどり着く。完成度の高い品々は、鋼鉄などない時代に、石を削って造られた。

ルーブル美術館 パリ

エジプト最古のサッカラのピラミッドからは、40,000個も出土している。

エジプト カイロ博物館

石の器の製法も、記録は絵に頼るしかない。見よう見まねで挑戦するのは、あまりに無謀だ。そこでルーブルの研究者に、作り方について質問をぶつけてみた。

ギュメ・アンドリュー=ラノエ ルーブル美術館学芸員

私たちが分析の対象とするのは、器の用途であって、その製法ではありません。
技術面は研究していないんです。

つまり不明なのだ。はちみつやミルクが入れられていたという石の器を見ているうちに、ひらめくものがあり飛び立った。

アスワン採石場 エジプト

アスワンの採石場は、ピラミッドで使われた赤色花崗岩かこうがんを産出。未完成のオベリスクも残る。

高さ38メートル、重さ1,300トンの巨石は、15階建てのビルに匹敵する。

その採石と輸送法について、絵から憶測するには及ばない。当時の道具を試すことができるのだ。

よく見ると、採石場には奇妙な穴が点々と開いている。

石の切り出しに用いたこれらの堅坑は、丸い石と人力のみで岩を採掘したものだ。なぜ、現代技術に比肩する完璧な仕上げにし得たのだろう。スケールの大きな例を見てみよう。

メムノンの巨像 エジプト

メムノンの巨像は、推定1,300トンから1,800トン。おそらく地球上で最も重い彫像だ。人類が成し遂げた偉業を前に、疑問がわいてくる。木と縄だけで、建立こんりゅうしえたのだろうか?

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

答えは“イエス”です。ここに巨像が建っていることが動かぬ証拠ですよ。

つまり、すべてが単純な道具で作られたというのだ。当時はほかに手だてがなかったから、遺跡は単純な道具で作られたことになる。機械類が存在したかどうかという点は、最初から論外とされている。

すると、建築方法の記録はなくても、大ピラミッドは単純な道具で作られた、と考えるほかなくなる。エジプト学者たちは非主流派の説を、単なる話題作りとみなしてきた。だが、大ピラミッドの工期を、20年と無茶な主張を続けるのは彼らである。

1991年、アメリカの公共放送PBSが、大ピラミッドの再現を試みる実証番組を制作。現場に立ち会ったのが、ダヴィドヴィッツ教授である。

ジョセフ・ダヴィドヴィッツ教授 地球科学者・エジプト学者

手作業で切り出した石灰石の化粧石は、すべて幅1センチの継ぎ目で積まれました。(写真右)
1.5メートル引き上げるだけで、10時間もかかります。
それでも、実験チームは、作業に慣れてくれば、ペースが徐々に上がってくると見ていました。

鍛鉄たんてつ製の工具

番組では、実験が成功したように描かれていた。

ジョセフ・ダヴィドヴィッツ教授 地球科学者・エジプト学者

実験自体は大失敗でしたが、学術的には、貴重な試金石となりました。

ピラミッドは未完成のまま、数年後に崩壊。専門家たちが展開する様々な理論のなかから、大ピラミッドを作った技術を冷静に見極めねばならない。

アビドスの神殿 列柱室

この不気味な絵文字は、あとから手を加えたものではない。当時、このような先進技術が存在していたのだろうか?

いいえ。神秘主義者たちは何らかの啓示と見るだろうが、これは偶然の産物である。

セティ1世とその息子、ラムセス2世の名前が、重なって刻まれていたのだ。漆喰しっくいが剥げて現れた絵文字を、学会は黙殺。これが一部で、扇動的な騒ぎを呼んだのである。このような絵は何も証明できないが、不可解なものが存在するのは確かだ。

出土品と彫刻・道具の謎

謎の出土品は、すべて宗教的異物とみなされる。いけにえの血を受ける器。古代の祭壇。神々のシンボル。そしてハスの花瓶。文献でも見かけない品々だ。

いけにえの血を受ける器
古代の祭壇
神々のシンボル
ハスの花瓶
ギュメ・アンドリュー=ラノエ ルーブル美術館学芸員

(インタビュアー:)カイロ博物館にある、ハスの花瓶です。

見覚えありません。

確証はないものの、私にはこれが花瓶だとは、到底思えない。花を生ける部分は底が開いている。エンジニアのアーラン・アンドリュースに意見を聞いてみよう。

アーラン・アンドリュース エンジニア・科学者

宗教的なシンボルとも考えられますが、機械の部品ともみなせるでしょう。
ぜひ考古学の研究にエンジニアを加えて、その用途を分析すべきです。

古代エジプトの道具に関する疑問を、技術者にぶつけてみた。精密機器の専門家であるクリストファー・ダンは、ルクソールの巨大な石像を調査。技術的観点から、驚くべき分析結果を出している。

クリストファー・ダン 精密工学者・高精度技術者

ルクソール神殿のラムセス2世像は、設計も施工も驚異的です。極めて複雑な構造が秘められています。

左右対称な顔に注目した彼は、その正確さを分析。コピーした写真を反転し、オリジナルと重ね合わせてみたのである。

クリストファー・ダン 精密工学者・高精度技術者

左右の顎のラインが完全に一致しています。
これは驚異的です。
完璧な左右対称を実現する何らかの測量方法が確立されていたと見られます。
正確に石材を切り、設計通りの形状を生み出す技術です。
単にのみ・・を使って彫ったのなら、こうはいきません。このように左右が完璧な対称をなすのは、偶然の産物では不可能です。

ここに描かれる円の弧は、ほおのラインと一致しています。

前から写した写真では、この通り平面です。
しかし実物は立体的な彫像ですから、複雑な幾何学を要します。

顔の造作ぞうさくを、詳しく検証してみましょう。
眉も上下のまぶたも唇も、すべてに円の弧が使われています。

横顔も同様だ。

クリストファー・ダン 精密工学者・高精度技術者

ここにも円を使ったラインが多用されています。
しかも、すべて直径が同じです。

これは特異な例ではない。

同じ技法の彫像は、ほかにも存在します。

道具よりさらに重要な問題が浮上してきた。

クリストファー・ダン 精密工学者・高精度技術者

あれほど正確な形は、人の手だけでは作れません。
現代の私たちが機械を用いるように、何らかの助けが必要だったはずです。
私はエンジニアの観点から、構造物の精度を明らかにしました。誰が、いつ、何の目的で、こういったものを作ったのかという点は、ほかの専門家に判断を委ねます。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

エジプトを訪れた人が不可解に感じるのは、レリーフや彫像、象形文字などが、機械で作ったように精巧な点でしょう。
当時は単純な道具で、時間をかけながら、じっくりと作業を進めていたんです。
花崗岩かこうがんのような硬い素材を扱う場合は、石の切り出しから彫刻に至るまで、職人たちは気が抜けませんでした。
これは、神の領域に関わる仕事だったんです。

左右の誤差が0.2ミリの左右対称シンメトリーな彫刻は、単純な道具だけでは作り得ない。しかも、高さ14メートルの巨像である。謎はますます深まるばかりだ。先進技術を使ったとしか考えられない完成度に、私は困惑するしかなかった。作業の様子を描いたこの絵は、何の答えも与えてくれない。

クリストファー・ダン 精密工学者・高精度技術者

道具を断定することは誰にもできません。様々な仮説は立てられますが、実証できなければ意味がないんです。

道具の謎が解明する見込みは、薄らいでいく一方だ。

イースター島のモアイ

例の研究者が提示した写真には、ある土地の古い石積みが写っていた。エジプトとうり二つである。考古学者なら、頭から否定しただろう。だが一見、関連のない土地に、ヒントが隠されていたのだ。

私が向かったのは、太平洋の小さな島。世界的に有名な、イースター島である。世界から隔絶したこの孤島は、チリから3,700キロ、タヒチから4,000キロの距離だ。

周囲60キロの三角形の土地は、自然に恵まれている。白い砂浜に熱帯の緑が茂り、野生馬の群れも生息。水をたたえた巨大なクレーターは、数百年前の火山活動で誕生した。

モアイは、火山岩で作った巨像である。はるか昔、住民の祖先は丸木舟まるきぶねでポリネシアを出発。4,000キロかなたの島へ到着し、地球のへそ“ラパ・ヌイ”と命名したという。だが、石像の制作年代は、科学的に割り出すことが困難である。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

石を採取して、地質学的に詳しく分析すれば、何百万年、何十億年前のものか、割り出すことはできるでしょう。
しかし、そこまでなんです。

つまり、石を加工した年代はわからないのだ。

ビナプ遺跡 イースター島

島で最も古いとされるこの石垣は、モアイが置かれた台座である。巨石の隙間のない積み上げかたは、エジプトと同様だ。

巨石の隙間のない積み上げかたは、エジプトと同様だ。

ラノララク採石場 イースター島

火山の周辺には未完成のモアイが数百本ほど点在している。高さは5~10メートルほど。最大のものは高さ20メートル。切り出せば250トンに達するだろう。

巨大モアイの周辺
未完成オベリスクの周辺 アスワン

巨大なオベリスクを、いかにして採石場から切り出し、運搬し、建立こんりゅうする計画だったのだろうか?100トンを超えるモアイの輸送方法も、いまだ謎だ。

移動実験に成功したモアイは、5トン未満。だが主な巨像は重量が60トンを超えるうえ、採石場から15キロも離れた場所に設置されている。5トンで成功すれば、理論上は100トンでも可能だ。しかし100トンを超える巨像を十数キロ運搬し、台座の上に据えるという作業は、ほとんど神業に等しい。

移送と設置の謎は、それだけにとどまらない。陸を向くモアイが多いなか、この7体だけは、海を見つめて立っている。しかもその方角は、春分と秋分の、太陽が沈む真西まにしだ。航海で駆使した天文学の知識が、生かされているに違いない。

イースター島の絵文字はまだ未解読だが、モヘンジョ・ダロの遺跡に伝わる象形文字と、類似性が高いと指摘されている。

河岸神殿 ギザ エジプト

問題は、2万キロという隔たりだ。コミュニケーションがとれる距離なら、文化的な共通性の説明もつくだろう。ビーバーが、世界中で同様のダムを作るように、石組みは、おのずと似てくるのだろうか?

住み慣れた土地も家族も友人も捨て、丸木舟まるきぶねで旅立ったポリネシア人。4,000キロの危険な航海は、何が目的だったのか?

モアイに、島民の面影は見いだせない。鋭い鷲鼻わしばな、薄い唇、高い額にあごひげ。奇妙な手の形は、誰のものか?

よく似た石垣は、ペルーにも存在している。

フランシスコ・トーレス 考古学者

サクサイワマンやビナプなどの遺跡に見られるのは、古代の非常に発達した巨石文化の代表例です。
ただし、この文化が伝わった経緯は明らかではありません。

私は早速さっそく、ペルーへ飛んだ。

ペルーの遺跡群

ペルー太平洋岸 パラカス湾

パラカスの枝つき燭台
カンデラブロ

この巨大な図形は、“枝つき燭台しょくだい”と呼ばれる。作成年代も諸説さまざまで特定されておらず、多くの謎に包まれたままだ。正確に南北を指す全長165メートルの図形は、誰が、どのように、何の目的で描いたのだろうか?ナスカの地上絵にも目を向けてみよう。

ナスカの地上絵 ペルー

1926年、上空の飛行機が460平方キロに及ぶ図形を発見。これらは紀元前5世紀に出現した、ナスカ文化のものと見られている。

270 FEET LONG
長さ80メートル
330 FEET LONG
長さ100メートル
405 FEET LONG
長さ120メートル
165 FEET LONG
長さ50メートル
186 FEET LONG
長さ56メートル

一筆ひとふで書きで描かれているにも関わらず、動物をかたどった絵のスケールは圧倒的だ。真っ直ぐに伸びる線の長さは最長20キロ。

画面を横切る幹線道路上のトラックが、豆粒のように見える。丘に登っても、眺めることはできない。上空からしか見渡せない絵は、いったい何のために描かれたのだろうか?

ルーベン・ガルシア・ソト 考古学者

儀式の際、人々が練り歩く通路だったと見られています。

説得力のない説だが、ほかに有力な説もない。

カワチ遺跡のピラミッド ペルー

ナスカ近郊ではピラミッドが40基近く存在するが、資金不足で発掘は進んでいない。

イカ博物館 ペルー

地元のイカ博物館は、おびただしい数のミイラを収蔵。

引き伸ばされた頭骨は、エジプトのファラオ像そっくりである。

アウカイパタ遺跡 クスコ ペルー

イースター島同様、クスコとはインカ語で“世界のへそ”を意味する。町の中心部に残る巨大な石の壁は、インカ時代から現在に至るまで、何度も大地震に襲われながら、その姿を保ってきた。

サクサイワマン城塞 ペルー

丘に建つサクサイワマン城塞も、イースター島同様の見事な石積みだ。巨石を隙間なく積む技は、いまも解明されていない。

クリス・ワイズ 構造工学技術者

石の表面加工だけでも相当な労力が必要です。

マーティン・ローゼンベルグ博士 美術史教授

ペルーは世界でも有数の地震大国ですから、近代的な建造物も数多く倒壊していますが、これらの石壁は無傷のままです。

サクサイワマンとクスコと、ケンコーの遺跡を結ぶと、正三角形ができる。

マルク・アリバロ 作家・ペルー遺跡研究家

遠く離れた遺跡同士が、まるで計測したかのように等距離の位置関係にあるのは実に不可解です。
しかし、まぎれもなく存在しているのは事実です。

オリャンタイタンボ遺跡 ペルー

オリャンタイタンボ遺跡は、標高2千メートルに位置する。古い石積みほど巨大かつ精密だ。

いったいどうやって、この急斜面を運んだのだろう。

クリス・ワイズ 構造工学技術者

現在なら、10トンの重さがある石を、大型クレーンで100メートルまで上げられます。
それでも、大変な技術が必要です。
500年前の文明や、古代エジプトの建造物は、離れ業としか思えません。

マチュ・ピチュ遺跡 ペルー

列車で一路、マチュ・ピチュ遺跡へ。

マルク・アリバロ 作家・ペルー遺跡研究家

マチュ・ピチュを訪れれば、アンデス文明がいかに洗練されていたかわかります。
ただし、周辺の住民たちには縁のない場所だったのです。

ここは、知識を継承する場だったのだろう。巨大な石を積み上げて作った、最も古い建造物には、一分いちぶの隙もない。

左:マチュ・ピチュ
右:ギザ

しかも、驚いたことに、壁の角度はギザと完璧に一致している。左右対称の石積みもあった。

衝撃の事実

ここまで見てきた古代遺跡はいずれも、精密に積まれた複雑な形の巨石に、天文学の知識を駆使、建造時期も工法も不明である。

イースター島
クスコ ペルー
サクサイワマン ペルー
オリャンタイタンボ ペルー
マチュ・ピチュ ペルー
ギザ エジプト

古いほど精巧
古いほど巨大
古いほど類似
さらなる衝撃
イースター島
ナスカ
パラカスの燭台
マチュ・ピチュ
クスコ
サクサイワマン
オリャンタイタンボ
ギザ

ビーバーの作るダムが、数千キロを隔てて直線に並ぶことは決してない。

クリス・ワイズ 構造工学技術者

チャールズ・ダーウィンだったら、これらの古代建造物と石工の優れた技を見て、一つの進化の流れだと評価するでしょう。
数千年の隔たりがありながら、互いの技術を知っていたか、並行して進化を遂げたと考えられます。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

人間は世界中同じです。特定の問題に対する答えが似るのは当然でしょう。

クリス・ワイズ 構造工学技術者

各文明が同じ答えに行き着くことは、まずあり得ないでしょう。
インカ人がエジプトへ出向いたとは思えません。

交流があったとしても、どのように遺跡を並べたのか。なぜ赤道から30度傾くのか?答えを求め、メキシコへ飛んだ。

各地のピラミッド

テオティワカン遺跡 メキシコ

神々が5つ目の太陽を作った地、テオティワカンには、ギザ同様、主なピラミッドは3つ存在する。太陽のピラミッドと、月のピラミッド。ケツァルコアトルの神殿である。

太陽のピラミッド
月のピラミッド
ケツァルコアトルのピラミッド

太陽のピラミッドが、建設に150年も要したという説は、これが墓とされていないため、成立するのだ。だが、技術面の手掛かりは残っていない。

フェリペ・ソリス 考古学者

驚くべきことに、太陽のピラミッドを始め、多くの建造物が、春分や秋分の太陽を正確に示すよう、建てられているのです。

北半球 中国中部

一般にはほとんど知られていないが、中国中部の西安にもピラミッドがある。

北半球 陜西省せんせいしょう 西安

508 FEET
524 FEET
754 FEET

古代の都だったこの土地には、数百に及ぶ土のピラミッド群が存在。これらのピラミッドについて、中国当局も考古学者も、口をつぐんでいる。

中国陝西省古代遺跡 1994年
ハウスドルフ撮影

現地調査の許可は得られなかったが、1994年にこの写真を撮った、探検家に話を聞くことができた。無数にあるピラミッドは大規模な構造物だが、建設された年代や方法、目的は不明だ。

ハルトヴィヒ・ハウスドルフ 作家・探検家

ピラミッドに関する取材を中国当局が許可したのは、私ただ一人でしょう。
だからこそ、その存在を世界中に伝える義務を感じているんです。

謎は深まるばかりだ。メキシコやエジプト同様、手掛かりはない。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

時代も場所もかけ離れた、古代の遺跡のあいだに関連を探すのは、ばかげています。

フェリペ・ソリス 考古学者

エジプトの発展は、メキシコよりはるか昔です。
北アフリカとアメリカ大陸のあいだに、関連は一切ありません。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

エジプトでは象形文字が生まれ、中国ではよく似た文字が考案されました。
マヤも象形文字を使用。
巨大建造物や文字の類似は、単なる偶然と考えられます。
大半の文字は、現実の表現手段として発達するのですから、似通って当然です。

これを偶然と呼べるのか?

各地の古代遺跡には不可思議な共通点が多い。象形文字や表意文字の発達。ミイラ。暦の考案。天文学の高い知識。建造物の耐震性。謎に包まれた建築技術とその目的。

意図せぬ一致と言えるのか?
∠30°
誰が 何の目的で?
メキシコ 国立人類学博物館所蔵

古代遺跡はそれぞれ、建造された年代が異なる。建造物の年代は、周辺の有機物から推定するのみだ。現代工学に匹敵する建築技術の記録は残っていない。これらは、本当に彼らが建てたものなのか?

エリック・ゴンディエ 地質学者・民族鉱物学者

既に完成していたピラミッドを、エジプト人が利用しただけの可能性もあります。
科学者としては言いにくい本音です。

建築物の耐震性に関する知識と技術が発達したのは、ダイナマイトによる実験が可能になってからだ。古代ではあり得ない。

中国陝西省古代遺跡 1994年
ハウスドルフ撮影
太陽のピラミッド
テオティワカン遺跡 1858年

土のピラミッドに木を植えれば、やがて覆い尽くされ、数十年後はこうなるだろう。これがピラミッドだと、誰が気づくだろうか?

古代建築の離れ業は、今日こんにちの技術でも再現困難だ。

クリス・ワイズ 構造工学技術者

これに並ぶほど耐久性のある建材は、いまだ生み出されていません。

調査は行き詰まってしまったかに見えた。だが定説と考古学の内情は、かなり違っていたのだ。常道を外れて研究費が得られなくなることを恐れ、考古学者は不可解な遺跡を敬遠。それが、俗説をはびこらせてしまった。謎が解明していれば、この映画は不要だ。

沖縄 与那国島沖

石の加工年代を割り出すことが不可能な限り、定説以外の可能性を検討しようとしない科学は、もはや信念と呼ぶしかない。固定観念を捨て、これまでのデータを再検討してみよう。

イースター島とペルーの数々の遺跡は、ギザと一直線で結ぶことができる。

テオティワカンと西安も同様だ。

世界の中心であるギザが、巨大な謎を解く手掛かりなのかもしれない。ギザが、謎を解く鍵だったのだ。調査はスタート地点に戻った。今も巨石建造物に圧倒されるが、色々な仮説を自由な見方で検証し直してみよう。

世界中の古代遺跡を巡るよう助言を与えてくれた研究者は、今や謎解きの手掛かりをもたらす、貴重なブレーン的存在である。次々と知らされる情報に戸惑いつつも、私には、何か大きな真実に迫っている確信があった。

長さと数値の秘密

スネフェル王の赤ピラミッド

スネフェル王の赤ピラミッド
ダハシュール 2005年6月撮影
キャップストーン

すべては、ギザ近郊にあるスネフェル王の赤ピラミッドに始まる。これは、いただきに置かれたキャップストーン。1993年に、ドイツの学者が発見したものだ。2005年に現地で撮影した際、そのサイズは底辺が157センチ。高さが1メートルであった。

ライナー・シュターデルマン エジプト学者

我々が発見し、組み立てて計測したところ、同じく高さは1メートル、底辺は157センチでした。

1メートルという数値は驚きだ。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

およそ2キュービットに相当する長さです。
これを目安に、石を切り出したのでしょう。

高さ1メートルの石は、偶然切り出されたことになる。だが当時、メートル法は本当になかったのだろうか?

驚くべきことに、2008年に再訪してみると、キャップストーンが変形していた。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

キャップストーンの機能を全く無視した、何の根拠もない形に我々も困惑しています。
当局の意図がさっぱりわかりません。

寸法まで変わったことは大問題だ。キャップストーンは、大ピラミッド解明の鍵を握っていたのである。

ブレーンの助言で私が調べ始めたのは、大ピラミッドに関する過去の議論だ。エジプト学は厳密さに欠けるだけでなく、学説の典拠にもあやふやな点があった。

ブレーン

こんな文献もあります。

2000年前、ローマの歴史家、大プリニウスは、ピラミッドの建設者をめぐり、当時の一流著述家12名が論争したと記録している。

現存する文献は、ヘロドトスのみだ。研究の典拠たるヘロドトスの記述は、信頼性に疑問が残る。

1859年、イギリスのジョン・テイラーは、底面の2辺の和を高さで割り、円周率を導いた。偶然か神の技か、この発見は議論を呼んだ。古代エジプト人が円周率など知る由もないと考えられたのである。だが、テイラーの発見は、問題の確信を突いていた。

円周率と黄金数

大ピラミッドを理解するには、考え方の転換が必要だとブレーンは言う。まずは寸法だ。

ブレーン

2辺を正面にして見える部分は、縦も横も最大になるんです。

大ピラミッドの設計は、綿密な計算に基づくという。高さを2で割ると王の間の頂点に一致。3で割るとその天井の高さになる。4で割ると王妃の間の頂点。7で割ると王妃の間の底面と一致する。さらに、ピラミッドの4面の和を底面の広さで割ると“黄金数ファイ”が導き出されるのだ。

ファイ

黄金数とは一体何なのだろうか?無理数の一種である黄金数は、奇妙な方程式が成り立つ。

黄金数に1を足すと黄金数の2乗。1を引けば、黄金数の逆数になる。

黄金数は天体の動きや、鉱物の結晶に認められるほか、植物や動物の形状にも当てはまる。

そればかりか、人体の比率や芸術作品を始め、私たちの生活のなかにも潜んでいるのだ。

クロード・ゲンズリン 数学者・建築家

黄金数は、宇宙の普遍的な数でしょう。

大ピラミッドにも偏在しているという。

ブレーン

2底辺を全体の高さで割ると、黄金数の2乗です。

2底辺を地上の高さで割れば円周率。地下からの高さで割れば黄金数の2乗だ。この二つの数値が偶然得られた可能性は、無きに等しい。

キュービットという単位で表すと、大ピラミッドの底辺は440。高さは280キュービットになる。しかし、単位が正確でなければ、すべて食い違ってしまう。

定規の目盛りはまちまちで、厳密な長さは計ることができない。そこで、キュービットの正確な数値を、ピラミッドの寸法から逆算。

1925年に、“52.36センチ”と定められた。見落としてならないのは、長さの基準が10分の1ミリ単位まで表されている点だろう。プールの水をコップで量る感覚だ。

この数値は詳しく検証されている。フランスとギリシャの学者は52.35センチ。エンジニアでエジプト学者のケリセルは、1キュービットを52.36センチとしている。

ジル・ドミオン 建築家・作家

クフ王の玄室の大きさからキュービットを割り出すと、52.35センチになります。

近年、学者の意見は大きく分かれている。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

キュービットの単位には、数値に幅があります。
無理数が存在したと結論付けるために、こういったあやふやな数字を使うのは、極めて危険なことだと私は思います。

問題は、キュービットの測定値ではなく、大ピラミッドのキュービットだ。これは、王の間の寸法から割り出せる。建材である花崗岩かこうがんは、精密測定器に用いられるほど耐久性が高い。この精密な単位が登場した時代、まだ人類の多くは毛皮をまとっていた。いったいなぜ、この細かい単位が、底辺230メートル、高さ146メートルの建物に用いられたのだろうか?巨石の隙間のない構築法も謎だ。

専門家は、こう指摘する。

クリストファー・ダン 精密工学者・高精度技術者

建造物の精密さを計る、このような計測器が、存在していたことを示す記録はありません。

作業の精度を確かめるすべを持たぬまま、ルクソールの巨像のように完璧な形状を生み出していたことになる。

我がブレーンは、幾何学的にキュービットを割り出すことで、この大きな矛盾を見事に説明してくれた。

直径1の円を描いた場合、円周の長さは、円周率と同じ3.1416になる。これを6等分した値は、0.5236。キュービットにほぼ等しい。その5倍にあたる2.618は、黄金数の2乗に相当する。この方法で単位を定めたという。数学が苦手な私は、説明についていくだけで精いっぱいだ。

彼は、大ピラミッドの形状にも言及した。正方形の中心を頂点に立ち上げれば、様々なピラミッド型になる。

大ピラミッドは、4辺の和と等しい円周の円を描き、その半径を頂点の高さに設定していたのである。円周率と黄金比を抜きに、このような設計は不可能だ。

2辺の和を高さで割ると円周率、4面の総面積を底面積で割ると黄金数。側面の2等分線を底辺の長さで割ると黄金数、高さを底辺の半分で割ると黄金数の平方根、すべて偶然の一致の可能性は?

王の間の寸法などにも、黄金数は現れている。これらを偶然と呼ぶには、かなり無理がありそうだ。外形や玄室、地下を含めた全体の高さは、意図的に設計されていたとみられる。円周率と黄金数は、随所にちりばめられていた。

頭の中によみがえってくるのは、ナノテクノロジー研究者、ダスティン・カーの言葉だ。

ダスティン・カー 物理学者

作者の意図は、細部の隅々に反映されます。
偶然などあり得ません。

現代の計器でしか計り得ない、この精密な建築技術を、学会の主流派は否定している。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

大ピラミッドの間取りや、石材の切り方や大きさは、ほかの埋葬室でも同様のものが見受けられるでしょう。
工法が同じなら、当然です。

寸法に黄金数が存在しても、不思議はないという。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

均整がとれた素晴らしい設計なら、丸椅子にも黄金数が見出せる可能性はあるでしょう。
しかし、そこに意図や解釈を当てはめてはなりません。

すべて偶然に過ぎないわけだ。

ライナー・シュターデルマン エジプト学者

古代エジプト人が円周率の値を知っていたとは、到底考えられないでしょう。
黄金数はほかの建築物の寸法にも存在しますが、それはあくまで計算上の偶然であって、知識として獲得したものではないと思われます。

古代エジプト人の数学的知識は、学会のタブーだ。意図的に計算していたとなれば、多くの事象が、定説とは食い違ってしまう恐れがある。

数学的に、このような偶然はあり得るのだろうか?

クロード・ゲンズリン 数学者・建築家

これほど偶然が重なることはあり得ません。
可能性は、限りなくゼロに近いと言えるでしょう。
確率を評価することのできる数学者の目から見ても、そう考えるのが妥当です。
ピラミッドの寸法は、黄金数を示すため、意図的に設定されたものだとみなすことができるでしょう。

エジプト学の権威もこう語っている。

ジャン・ルクラン エジプト考古学者

黄金数の存在には、気づいていたでしょう。
何らかの知識を持っていなければ、完璧な比率を、何度も導き出せないはずです。
ただし、その知識は伏せられていました。
秘密保持のため、記録は残さなかったのです。

なぜ秘密にする必要があったのだろう。

ブレーン

秘密ではなく、難解なだけ。
幾何学は、理にかなった数学的言語なんです。

古い建造物に黄金数を見出すことは、珍しくない。パルテノン神殿の設計は、黄金数に基づいている。キリスト教の大聖堂も同様だ。250年間に200も建設されたが、工事の記録は一切ない。この点も、古代建築と酷似している。

ストラスブール大聖堂 フランス

大聖堂のなかには、正面の設計に、春分と秋分の太陽の正確な位置を反映したものもある。太陽の分点が、古代の建造物と同様に示されていたのだ。

ストラスブール大聖堂の構図には、大ピラミッドと同比率の三角形が重なる。聖堂が建てられた当時、ピラミッドは砂に埋もれ、形状は不明だった。中世の建築家は、いったいどうやってこの黄金比を知り得たのだろうか?

ティエリー・ドゥ・シャンプリ 建築家

別段、驚くことではありません。
エジプト人が駆使した幾何学や数学的知識は、十字軍が現地から持ち帰り、大聖堂の建築に応用したのです。

4000年の時を越えて、ピラミッドから大聖堂へ、知識が受け継がれていたというのだ。

ルーブル美術館の有名なガラスのピラミッドは、大ピラミッドと比率が等しい。設計者のイオ・ミン・ペイに、直接質問をぶつけるチャンスを得た。

イオ・ミン・ペイ 建築家

ルーブルのものと大ピラミッドは、全くの別物です。
最も美しい比率と高さを追求すれば、おのずと、あの寸法に行き着くでしょう。
計算などしていません。

同じ比率が直感で浮かんだと主張していた彼も、最後に白状した。

イオ・ミン・ペイ 建築家

ガラスのピラミッドと大ピラミッドの比率が近い理由は、黄金分割です。
古代の人々が編み出した美は、現代にも通用します。
さまざまな形や高さを試したものの、結局は、エジプトの黄金比に立ち戻ったのです。
いい勉強になりました。

大ピラミッドの黄金数を、彼は意識していたのだ。病院へ行く時間が来たため、話はここで打ち切られた。

ピラミッドを建てた人々は、いまも昔も、多くを語らない。追求すればするほど、謎は深まっていく。ブレーンからの新たな情報が、それに拍車をかけた。

2底辺の和から、高さを引いた値は、メートル値で314.16。すなわち、円周率の100倍になる。同様に、底辺の2分の1と高さの和は、メートル値で、黄金数の2乗の100倍になるのだ。50センチでも大きさが違えば、この数式は成り立たない。

王の間の底辺の総和は、円周率の10倍。短辺を引くと、黄金数の2乗の10倍。これも、5センチ寸法が違えば成り立たない数式だ。

これらの数値を内包する唯一のピラミッド。それがギザの大ピラミッドなのである。

ピラミッドは寸法の比率だけでなく、メートル値でも円周率や黄金数と一致する。古代エジプト人は、地球の外周から、長さを割り出していた。

タレーラン

メートル法は1793年に、タレーランの提案で制定されたものだ。メートル法は、ひそかに受け継がれてきたのか?この問題を深追いすれば、秘密結社や神秘主義の世界へ足を踏み込みかねないだろう。

何も解明せぬまま、調査半ばで途方に暮れてしまった私にブレーンが示したのは、例のキャップストーン。手掛かりは目の前にあったのだ。

高さは1メートル、底辺の長さは1.57メートルある。2辺を足すと3.14メートル。円周率に一致する値だ。

ライナー・シュターデルマン
エジプト学者(発見者)

発見者も気づかなかったが、これは大ピラミッドの縮尺模型ではないだろうか?大ピラミッドの頂かもしれない。だとすれば、なぜ20キロも離れた、別のピラミッドのもとに置かれていたのだろうか?再びブレーンの解説が始まった。

この円の直径を1メートルとするなら、円周の6分の1は、1キュービットに相当する。ピラミッドの建設者たちは、メートル法をすでに知っていたのだ。

すべては単純な数式で導き出せる。息を飲む私の目の前で、キュービットの謎が鮮やかに解き明かされていく。

遺跡の赤道と距離関係

数式の説明を終えると、彼はおもむろに世界地図を広げた。

ブレーン

イースター島とギザは、4万キロの円周上にあります。

赤道と同じ長さだ。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

まったくもって非現実的です。
イースター島と古代エジプトは、かけ離れています。
両者に関連など、あるはずがありません。

幅およそ100キロの円周上には、数多くの遺跡が並んでいる。ペルーのパラカス。ナスカ、オリャンタイタンボ。マチュ・ピチュ、クスコ。サクサイワマン。パラトアリのピラミッド。

アフリカのマリに住むドゴン族は、シリウスの伴星を古来より認識していた。アルジェリアのタッシリ・ナジェールの岩絵。エジプトのシワ・オアシスのアメン神殿は、古代世界で神聖視された。

ギザのピラミッド。ヨルダンのぺトラ遺跡。イラクのウル遺跡に、イランのペルセポリス。

パキスタンのモヘンジョ・ダロ遺跡では、人骨から放射能を検出。ここからは有名な聖地が続く。インドのカジュラホ。ミャンマーのピィ。

タイのスコータイ。カンボジアのアンコールワット。

古代世界とともに滅びた遺跡をたどって、最後に行き着くのが、イースター島である。これらの遺跡の配列は、GPSで確認されている。時代は異なるが、大半は太古の廃墟跡に造られている。時間も空間も遠く離れた遺跡が、一直線に並び得たのはなぜだろうか?

この円周は、赤道と同じ長さで、30度傾いている。驚くべきことに、これを赤道とみなして北極の位置を定め、ギザとナスカを結ぶと、大ピラミッドの黄金比に一致。

ナスカとギザ、テオティワカンとギザは等距離。

アンコールワットとナスカ、モヘンジョ・ダロとイースター島は等距離。

イースター島からギザまでの距離は黄金比の1万倍。

ギザからナスカまでの距離に黄金数をかけると、アンコールワットからナスカまでの距離と一致する。

世界中の遺跡は網羅していないが、主なものはこの円周上にそろっている。この調査を進めるなかで、徹底して資料にあたっていれば、もっと早く気付いただろう。

20世紀初頭、天文学者のモル―は、大ピラミッドを通る子午線しごせんが全陸地を二等分することから、ギザを世界の中心と指摘。

その2000年前、アガサルチデスは、大ピラミッドは地球の反映だと主張。ピラミッドのなかに北半球が集約されていることは、計算で証明できるという。

2底辺の和は、赤道上の1秒間の移動距離に等しい。

ブレーン

これは、自転の速度から割り出せます。

一つの建造物に詰め込まれた膨大な情報は、すべて驚くほど正確である。だが、これらの事実に対する主流派の反論は容赦ない。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

歯ブラシから蒸気機関車まであらゆるものを例に挙げ、都合のいい数字を探し回って、話をこじつけることができます。

懐疑論者が偶然の一致を叫ぼうと、数々の驚くべき事実が存在する。目をそらしても、事実がなくなるわけではないのだ。これらはすべて、定説から外れている。

偶然の一致

まず、王の間から検証し直してみよう。800キロの距離を運ばれてきた石材は、1つ当たりの重さが車40台分。10分の1ミリの精度で積み上げられた石は、完璧な水平・垂直を保っている。だが、作業の正確さを計る道具はなかった。

精度を極めた理由は2つ考えられる。1つは古典的な説だ。

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

古代エジプトの職人たちが、幾何学的な建造物に、知恵と技術のすべてを注ぎ込んだのは、それが神の世界へつながるものだからです。

ギュメ・アンドリュー=ラノエ ルーブル美術館学芸員

ピラミッドから彫像に至るまで、宇宙の調和をはかり、それを支えることは、人々の義務であり、願いでした。

大ピラミッドの数学的、技術的記録がないため、研究対象から外れていた。だが一見無造作な玄室は、傑出した構造を持つ。2つ目の説は、大胆だがより現実的なものだ。

800キロも離れた土地の石を取り寄せたのは、耐久性に優れ、ひずみにくいものだったからだろう。数式を通して次々と明らかになる事実。数学は、大ピラミッドの時空を超えた言語だという。

彼はピラミッドの内接円と外接円を描き、その円周の差を示してこう言った。

ブレーン

物理学者に見せてください。

ジャン=ルイ・バスドゥヴァン 物理学者

光の伝播速度にとても近い値です。

上 光が一秒間に進む距離
下 ピラミッドから導いた値

上は光が1秒間に進む距離、下はピラミッドから導いた値だ。

ジャン=ルイ・バスドゥヴァン 物理学者

あとはノーコメント。

ばかげた質問を科学者にぶつけたわけではない。ここで浮かび上がってきたのは、専門家をも困惑させる重大な事実だったのだ。

ジャン=ルイ・バスドゥヴァン 物理学者

たとえば、大ピラミッドを偏見のない目で、つぶさに観察したとします。
物理学者だったら、測定値に偶然の一致を見出すでしょう。
ただ、これほど大きな物体に偶然が重なると、当惑を覚えますね。

すべて偶然だと信じ続けることもできる。大ピラミッドは王の墓だと信じて疑わず、太陽の分点を示すことも偶然であり、寸法のなかに円周率や黄金数が見出せることも――。

キュービットの長さも、キュービット・円周率・黄金数をメートル値でも見出せる、唯一のピラミッドであることも偶然にすぎない。

各地の古代遺跡で巨石が隙間なく積み上げられ、象形文字が発達し、死者をミイラにし、暦を作り、天文学や建築の知識が跡形もなく消えたことも、すべて偶然の一致。

赤道とほぼ同じ長さの円周上に遺跡が並び、それぞれの距離が黄金律と関連し、2辺の和が自転の速度に等しいことも、光の伝播速度が示されるということも単なる偶然だというわけだ。

これほど多くの奇跡が重なれば、“偶然”というより“神のわざ”と呼ぶべきだろう。あまりに偶然が多すぎて、収拾がつかない。歴史のミッシング・リンクを埋めて、過去の謎を合理的に説明する時がきている。

超古代文明の存在の可能性

一連の離れ業はエジプト人の功績だろうか?

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

地球の計測法など知り得たはずがありません。
そもそも、球体であるとすら思わなかったでしょう。

ではいったい誰が?

超古代文明が存在していた可能性は?

ジャン=ピエール・アダム 建築家・考古学者

宇宙人説のほうが好奇心をそそられます。
ピラミッドと宇宙人なら、もっと想像力が刺激されるでしょう。

進化した古代文明の存在を否定する証拠はあるのか?

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

地球上では、天災が起こり得ます。
大陸移動や火山の噴火、巨大隕石の衝突といったたぐいのものです。
それによって、高度に進化した文明が、滅亡した可能性はあるでしょう。

可能性は否定できないのだ。エジプト学や考古学では十分な説明がつかない。彼らが否定するのは、信念が傷つけられるからだ。

驚くなかれ、これらの事実はすべて実証可能である。覆すには、証拠が必要だ。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

何らかの理由で、ある日突然、現代文明が消滅したとしましょう。
数百年持ちこたえる建造物は多くても、数千年後まで地球上に残っているのは、ピラミッドくらいだと思います。

要点をまとめよう。地球の大きさを測定した人々は、そのデータをピラミッドの形で表現。赤道と同距離の円周上に遺跡を並べ、光の速度にも通じていた。

この裏には、具体的な目的があったに違いない。ブレーンの知識をあてに、しつこく質問した私は、ついに答えを聞き出した。公表すべきかどうか迷ったが、彼の37年間に及ぶ研究成果を葬り去るわけにはいかない。

1972年3月2日
アメリカ ケープ・ケネディ

ピラミッド建設者の意図を知るヒントは、1972年に打ち上げられた惑星探査機、パイオニア10号にある。機体が搭載していたのは、不思議な絵の金属板。

ここに刻まれているのは、人間の性別や、探査機と比較した体格、太陽系における地球の位置。複雑な情報を記号化した幾何学的な図形である。

探査機が打ち上げられる数千年前、大ピラミッドの建設者たちは、同様に幾何学図形を残した。ただし、相手は宇宙の生命体ではなく、未来の人類だったのだ。つまり我々だ。

地球の巨大な時計

しばし現実の世界を離れ、想像の領域へ足を踏み込もう。ピラミッドが未来への伝言ならば、この巨大な構造物には、数千年の時を越え、重要な内容が託されているに違いない。太陽の分点に合図を送るよう設計したのは、地球の周期に目を向けさせるためである。

夜空に輝く星は、72年に1度ずつ移動していく。1周するのに2万6000年かかる計算だ。

これは、歳差運動の周期を表している。

地球の正確な位置を知るため、天文学者たちは“黄道こうどう12星座”を活用してきた。スフィンクスが見つめる星も、時とともに推移。

赤ピラミッドの足元で見つかったキャップストーンは、底辺の総和が12キュービット、2辺の和は3.14メートル。内包する円に、12星座が分割できる。

ピラミッドの4角は4つの星座を表す。おうし座、獅子座、さそり座、みずがめ座だ。わしはさそり座を、天使はみずがめ座を示す表現は、大聖堂にも見受けられる。

みずがめ座の
フォーマルハウト

4つの星座のなかで最も明るく輝く星は、“天の四大守護者”と呼ばれていた、おうし座のアルデバラン、獅子座のレグルス、さそり座のアンタレス。みずがめ座のフォーマルハウトは、現在、“南の魚座”に含まれている。一定の位置関係にある4つの星は、時間の推移を見る基準をなす。

おうし座とさそり座を結ぶ“雄牛とわしの軸”は、古来、羽のある牛の姿で表現。

獅子座とみずがめ座を結ぶのは、“獅子と天使の軸”だ。ギザに置かれたそのシンボルが、人面獣身のスフィンクスである。スフィンクスが建設されたのは、大ピラミッドより後とされ、関連はないと見られてきた。全体の位置関係を改めて検証しよう。

大ピラミッドの側面を5倍に拡大して当てはめると、3角形の1辺がスフィンクスの頭を貫通する。

底面の正方形を横に並べ、右辺を垂直に下ろすと、またもやスフィンクスの頭にぶつかるのだ。

2つのピラミッドの頂点の軸が交わる点を中心に描いた円も、スフィンクスの頭を貫通する。

ギザは天文時計の役割を果たす。安定した4つの星は、文字盤である。スフィンクスの視線を針に、2万6000年で一周しながら、地球の位置を正確に指示しているのだ。

だが始点がなければ、周期は計れない。そこで示されたのが、スフィンクスの胸のこぶ。“獅子の心臓”と呼ばれる部分だ。奇遇にもこの名は、アラビア語で獅子座のレグルスを指している。

古来より、スフィンクスは謎かけで有名だ。“朝は4本足、昼は2本足、夜に3本足になるのは?” 答えは、“人間とその運命”である。

アラビア語で“恐怖の父”を意味するのも、人々への戒めだろう。

スフィンクスの目がレグルスを見つめ、獅子座とみずがめ座の軸と一致したときが、歳差運動のスタート点となる。

つまり、ギザの遺跡とは2万6000年周期で1回転する地球の巨大な時計である。仮説や論争をよそに、時を刻み続けているのだ。

歳差運動と気候変動

太陽の分点を示すピラミッド。正確な方位。ギザの遺跡から、さらなる脅威が明らかになるだろう。2万6000年という長い周期が持つ意味について、専門家に意見を聞いてみた。

ミシェル・フォントゥーニュ 古気象学者

寒冷期と温暖期のサイクルは、地球の軌道要素と同調することが明らかになっています。

軌道要素に含まれる歳差運動は、気候へ影響を及ぼす。しかし、その現れ方は不明だ。

各地に伝わる古い伝説や神話には、よく似た周期的現象が登場する。大洪水と並んで多い大火事のテーマは、聖書やヒンドゥー教の聖典でも言及。

ギリシャでも、周期的災害の記述は多く、およそ1万年に1回発生するとの予測もあったが、プラトンが伝えたアトランティスの崩壊は、科学的に否定されている。

同じギリシャのアリストテレスは、天と地の大変動で、地球上の生命が、周期的に消滅すると述べた。

マヤ文明は、現在を水に次ぐ太陽の時代とみなす。

フェリペ・ソリス 考古学者

洪水が世界を破壊してしまうというのは、聖書の記述と似ています。
現代にあたる“第5の太陽”は、大地と空気、火と水、動きと生命の集大成です。
この太陽の時代が終わるとき、神が大地震を起こすと伝えられています。
これは人間の行いとは関係ありません。
神の意志によって、周期的に世界の創造と破壊が成し遂げられるのです。

神話が、科学的事実を反映していた可能性もある。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

津波を例にとってみましょう。
これは自然界のダムが一気に決壊することによって、膨大な量の水が押し寄せてくる現象です。
大災害を目撃した多くの人たちが、語り伝えるうちに話に尾ひれが付いて、ノアの方舟はこぶねのような、大洪水の物語になるのでしょう。

最後の大規模な気候変動は、科学によると、およそ1万年前に起こっていた。世界全域で気候が激変したのだ。19世紀に発見された冷凍マンモスの死骸の一部には、まだ、胃に内容物が残っていた。

多くの種が姿を消した理由は、いまなお不明だ。

ミシェル・フォントゥーニュ 古気象学者

死骸が冷凍状態で保存されていない限り、絶滅した原因は突き止められません。
研究や調査の数が不足しているし、資金や人手の問題もあります。
うまくやりくりできれば、謎の解明にも取り組むことができるでしょう。

多くの種が消滅し、森は砂漠と化した。古文書は、大変動の激しさを記しているが、それ以上の手掛かりを見出すことはできない。

古代文明からの警告

ギザの天文時計が示す歳差運動は、この円周とどんな関係があるのか?注目すべきは北極点だ。赤道を円周上に重ねて、北極点に相当する位置を探すと、磁極の中心、“磁北極”にぴたりと一致する。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

地球上における時北極の位置は、一定していません。
1年間に40キロ近く動いているんです。
近年、その移動速度が速まりつつあることがわかり、状況が非常に懸念されています。

長さ4万キロ、赤道から30度傾いた円周は、歳差運動と磁極の動きを知らせているのか?磁極の逆転は、過去に何度も生じている。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

今までに100回ほど記録しています。

原因は不明だが、太陽でも磁極が逆転することから、関連を指摘する科学者もいる。だが詳細は、何もわかっていない。

エリック・ゴンティエ 地質学者・民族鉱物学者

磁極の逆転について、今すぐにでも、世界中から研究者を集めて会合を開く必要があります。
全員で知恵を出し合い、この現象が及ぼしかねないあらゆる影響を、検討しなければなりません。

気候変動や磁極移動の加速を知りながらも、私たちは手をこまねいている。磁極の逆転が起こった場合、地磁気は最大で数週間失われかねない。地殻が大変動を起こす恐れもある。大気とともに宇宙からの放射線を遮る地磁気が消えれば、地球は焼かれてしまうに違いない。古文書に記された、炎による破滅だ。

古代の警告と現代科学の仮説が見せる、不気味な一致。古代の人々が、これらの現象を知っていたのだとすれば、予言は現実の知識に基づく予測とみなされる。

古代世界で、学問は神官の仕事だった。知識の番人たる彼らは、未来へ向けてメッセージを発していたのだろうか?これらの不可解な建造物は、周期的な地球の大変動で壊滅し、地上から消えた古代文明からの警告なのかもしれない。彼らに何が起きたのか?

現代文明の源を追求する旅が、こんな結論に至るとは、私自身思ってもいなかった。地球上で大いに繁栄した文明が自らの運命を悟り、未来の世代へ迫り来る脅威を警告していたのだ。疑問だらけで、めまいを感じる。

古代の知識は生かされるだろうか?新たな仮説を頭から否定してかかる人々が、どんな反応を見せるか想像にかたくない。内容をねじ曲げ、些細な点を批判し、一方的に攻撃してくることだろう。

だが、事実こそが重要だ。大切なのは、多くの人が理解を深めることである。現在の異常気象は、古代から警告された大変動の予兆だろう。

恐ろしい結論に至ったが、私たちはこれから、地球の動きを注意深く見守っていく必要がある。危険を回避する手だてがあるからこそ、建造者たちは古代から警告を発したのに違いない。

<終>

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