私という人間

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うつ病と防衛本能

イントロダクション

悲しみや気持ちの落ち込みなどが続き、人々を苦しめる、うつ病。患者は、世界で3億5,000万人にも達し、増え続けています。近年、様々な研究から、うつ病には、魚に始まる脳の進化が関わっていることがわかってきました。

「うつ病の起源は、進化の最も古いメカニズムにあります。それをターゲットにすれば、うつ病の治療は可能なのです。」

いっぽう、最新の調査で、うつ病と無縁な人々がアフリカにいることも明らかになりました。その秘密を取り入れた、新たな治療が注目されています。さらに、脳科学を駆使した手術による治療も始まっています。

高度な文明社会のなかで、私たちはなぜ、うつ病に苦しめられるのか。進化のなかに、その秘密を探っていきます。

うつ病患者 奥野孝幸さん

日本では、うつ病患者がわずか10年で2倍に増え、大きな社会問題となっています。うつ病に苦しむ、ある男性を訪ねました。東京都に住む、おく孝幸たかゆきさん(42)です。7年前、うつ病と診断されました。薬による治療を続けています。

どんな薬なんですか?

これが、一応抗うつ剤…。これが、あの、気持ちを安定させる薬…ですね。一番酷くて、1日、40錠近くあったんですけど。

たまに飲み忘れたりしてしまうと、急にこう…どかーんと、恐怖感というのが。なんていうんでしょうね、こう…冷や汗が出てきたりとか。

薬を飲んでいても体が重く感じられ、何もやる気が起きないといいます。

鉛の鎧を着せられているというか、ずっしり感でいっぱいですね。本当につらいです。

奥野さんは以前、IT関連の会社で、営業の仕事をしていました。しかし、大きなプロジェクトを任され、その重圧からうつ病を発症。会社を辞めざるを得ませんでした。

<国立精神・神経医療研究センター 東京 小平>

うつ病の人の体には、いったい何が起きているのでしょうか。最近の研究で、脳に原因があることがわかってきました。奥野さんの脳の構造や働きを、詳しく調べます。

うつ病患者の脳を数多く調べてきた、ぬぎひろし医師です。検査の結果、異変が起きている場所が見つかりました。

少し経度にですね…脳の一部が委縮している、というのが、見つかりました。

[左 健康な人]
[右 奥野さん]

奥野さんの脳は、健康な人と比べ、白い部分が多くみられました。脳が、委縮していたのです。

委縮を引き起こした原因。それは、脳の奥深くにある、扁桃体へんとうたいです。扁桃体が活動すると、恐怖や不安、悲しみなどの感情が生まれます。うつ病の患者では、健康な人よりも、扁桃体の活動が強くなっています。

うつ病患者さんでは、扁桃体の活動が強い。そのせいで、恐怖とか、不安といった症状が強くなってくる。ということになります。

うつ病の鍵を握る扁桃体

うつ病を引き起こす鍵となる、扁桃体。実は、生物が進化するなかで、扁桃体は、極めて重要な役割を果たしていたことがわかってきました。

<5億2000万年前>

およそ、5億2000万年前。繁栄していたのは、節足動物の仲間でした。現在のエビやカニ、昆虫などの祖先です。この時代に誕生したのが、私たち人類の遠い祖先、魚です。体は小さく、か弱い存在でした。しかし魚には、外敵から生き延びる、画期的な仕組みが備わりました。体を集中制御する、脳です。節足動物では、神経が、体の各部に分散しているだけでした。

さらに、魚の脳には、天敵から身を守るための部位が生まれました。扁桃体です。扁桃体は、天敵が近づくと、危険を察知し、活動します。すると、ストレスホルモンが分泌され、全身の筋肉が活性化します。魚はこの仕組みで運動能力を高め、素早く天敵から逃げるのです。そして、危険が去れば、ストレスホルモンの分泌も、収まります。

<全米ストレス行動学会 アメリカ ニューオーリンズ>

しかし、この天敵から身を守る仕組みが、うつ病の発症に深く関わっています。アメリカの神経科学者、アラン・カルーフ博士です。6年前から、魚を使ってうつ病の研究を行っています。

アラン・カルーフ博士:

こちらは、正常なゼブラフィッシュ。

そして、こちらが、うつ状態のゼブラフィッシュです。

うつ状態
正常

2つのゼブラフィッシュを比べてみます。正常なほうは、自由に動き回っています。いっぽう、うつ状態のほうは、底にとどまり、あまり動きません。実は、自然界ではありえない状況で、長期間飼育されていました。

アラン・カルーフ博士:
天敵(リーフフィッシュ)

ゼブラフィッシュの水槽に、天敵の魚を入れてあります。

ゼブラフィッシュは、1か月間、天敵の恐怖にさらされていたのです。初めは、素早く逃げ回っていましたが、ある時期を境に、うつ状態になりました。カルーフ博士が、魚のストレスホルモンの量を調べたところ、うつ状態の方は、大量に出続けていました。ストレスホルモンの分泌が止まらなくなると、うつ状態になってしまうのです。

アラン・カルーフ博士:

ストレスホルモンは、敵から逃げたり、戦ったりするために、体を活性化させます。しかし、これは一時的なストレスの場合であり、長期間続くと、事態は全く異なります。魚も、長期的ストレスにさらされると、人と同じように、うつ病になってしまうのです。

仕事のストレスからうつ病を発症し、苦しんできた、奥野さん。検査で、ストレスホルモンの量を調べたところ、極めて高くなっていました。

ぬぎひろし医師:
脳の神経細胞

ストレスホルモンが過剰にあると、脳の神経細胞はダメージを受けます。脳の神経細胞は、お互いに突起を伸ばして、情報伝達をする場所を形成するんですけども、そういう機能が障害されます。

うつ病発症のメカニズム

最新の研究で明らかになった、うつ病発症のメカニズムです。

扁桃体
ストレスホルモン

強い不安や恐怖などが続くと、扁桃体が過剰に働き、全身に、ストレスホルモンが大量に分泌されます。

脳の神経細胞

過剰なストレスホルモンが脳に及ぶと、神経細胞に必要な栄養物質が減少。その状態が続くと、神経細胞が栄養不足に陥り、縮んでしまうのです。

このメカニズムが、奥野さんの脳の委縮を引き起こしていました。脳の委縮が、意欲や行動の低下を招いたのです。

ぬぎひろし医師:

扁桃体の機能が暴走して、ストレスホルモンが過剰に出ることによって、脳がダメージを受けると。そういった悪循環ですね。が起きてるというふうに、考えられます。

天敵から身を守るために生まれた、扁桃体をかなめとするメカニズム。その暴走が、うつ病を引き起こしていたのです。

原因 - 記憶

5億2000万年前、魚が誕生したときに、脳に備わった扁桃体。魚から進化を遂げた、爬虫類。そして、哺乳類の脳にも扁桃体は引き継がれていきました。天敵から身を守るために、必要不可欠だったのです。しかし、哺乳類が進化するなかで、扁桃体を暴走させる、新たな原因が生まれたことがわかってきました。

<ノースウエスト・チンパンジー保護施設 アメリカ ワシントン州>

アメリカ、ワシントン州シアトル郊外。この施設では、チンパンジーの保護や研究を行っています。自然環境に近い状態で飼育し、行動を観察しています。そのなかで、ほとんど動かず、様子の異なるチンパンジーがいました。

ネグラと呼ばれるメスです。外に出ず、一日中、屋内で過ごしています。ほかの仲間と関わることは、ほとんどありません。研究者は、ネグラをうつ病と診断しています。

ジョージ・ワシントン大学病院 ホープ・フェードシアン医師:

ネグラは、まるで幽霊のようです。ネグラがうつ病になったのは、彼女が以前過ごしていた特殊な環境に原因があるのではないかと、私は考えています。

野生のチンパンジーは、高度な集団社会を作って暮らしています。集団でいれば、子育てなどが共同で行え、安心して暮らせます。天敵も見つけやすく、立ち向かうこともできます。仲間といることは、生存に有利なのです。

しかしネグラは、感染症の疑いがあったため、1年半ものあいだ、隔離されていました。孤独になったチンパンジーでは、ストレスホルモンの値が、高くなることがわかっています。高度な集団社会を作ったために、孤独になると、不安や恐怖が生まれ、扁桃体が激しく活動してしまうのです。

チンパンジーは、私たち人と同じように社会性を持つ動物なので、集団から離れることは、普通ありません。ですから、孤独は行動に影響を及ぼす可能性があります。仲間から隔離され続けると、チンパンジーは、思いうつ病になることがあるのです。

哺乳類は、家族や群れなど、仲間との強いきずなを持つことで、生存を有利にしてきました。ところが、孤独になると、扁桃体が暴走してしまうようになったのです。その後、人類が誕生し、進化するなかで、またひとつ、扁桃体を活動させる要因が生まれました。それは、記憶です。

<アウストラロピテクス・アファレンシス 370万年前>

370万年前、私たちの祖先は、アフリカのサバンナで暮らしていました。そこは、猛獣が暮らす危険な場所。人類は、猛獣に襲われる、か弱い存在でした。その厳しい環境を生き延びるために重要だったのが、恐怖の体験などの記憶です。

<アフリカ タンザニア>

現在も、狩猟採集の生活を続ける、ハッザの人々。彼らも、恐怖の記憶を頼りに、サバンナを生き抜いています。

気が付くと、すぐ近くにライオンがいた。だから一気に走って逃げたんだ。でも途中で石につまずいて、転んでしまった。痛くて痛くて、泣き叫んだよ。

男性は、若いころの体験を鮮明に記憶。その後、縄張りに近づかないようにしているといいます。

ニューヨーク大学 エリザベス・フェルプス博士

恐怖の記憶は、うつ病の原因となる扁桃体と、深く関係しています。エリザベス・フェルプス博士は、扁桃体と記憶のメカニズムについて研究してきました。

この赤い部分が扁桃体、黄色が海馬です。扁桃体と海馬が連動することで、強い記憶が生まれます。

扁桃体は、記憶をつかさどる海馬と結びついています。扁桃体が活動しない出来事の多くは、海馬で消え、忘れられてしまいます。しかし、扁桃体が激しく活動する出来事の場合、海馬が反応し、強い記憶として蓄えられるのです。

記憶の多くは、時間とともに忘れられてしまいます。1週間前に何を食べたかは、思い出せないですよね。しかし、衝撃的な出来事は、決して忘れないのです。

恐怖などの記憶は、繰り返し思い出すと、うつ病の原因となる扁桃体を、激しく活動させます。生き延びるための記憶のメカニズムが、皮肉にも、私たちを苦しめることになっていたのです。

過去に失敗したりとか、そういうことを思い出して…フラッシュバックっていうんでしたっけ。そうなるともう、ほんとにこう、うずくまる感じになっちゃいますね。

原因 - 言葉

人類はその後、扁桃体を暴走させる、新たな原因を抱え込みました。それには、脳の進化が関わっていました。

フロリダ州立大学 ディーン・フォーク博士

フロリダ州立大学の、ディーン・フォーク博士です。頭蓋骨の化石から、脳の大きさや形を調べ、その進化を探ってきました。

これは、190万年前の人類の脳です。ここに、注目すべき場所があります。

ブローカ野

ブローカ野と呼ばれる、言語をつかさどる部位が誕生しました。ブローカ野によって、人は、言葉が理解できます。人類は、声を使って多くの情報を伝え合うことが可能となったのです。ところが、ほかの人から恐怖の体験を言葉で聞いただけで、脳に強く記憶されるようになりました。

ライオンに体を噛まれた。一緒にいた2人は、ライオンに殺されたんだ。

うつ病に深くかかわる扁桃体は、言葉にも反応し、活動するようになりました。脳の進化によって、人類が手に入れた、言葉。皮肉にも、扁桃体を暴走させる、新たな原因となってしまったのです。

天敵、孤独、記憶、そして、言葉。人類は、進化のなかで、うつ病の原因を、次々と抱え込んでいました。ところが、人類は、ある仕組みでうつ病の発症を防いでいたことがわかってきました。

ハッザのうつ病と無縁な暮らし

アフリカ タンザニア

アフリカ、タンザニアで去年、あるうつ病の調査が行われました。医師たちが訪ねたのは、太古の暮らしを続けるハッザの人々です。

ロビン・ピーターソン医師

病気を治してくれるの?

ごめんなさい、ちがうのよ。

「将来の希望は?」
「満足できることは?」
調査で使われた質問票

ハッザの人たち100人に対し、うつ状態の度合いを測るテストを行いました。将来への希望、周りの仲間との関係、暮らしに満足しているかなど、21項目を聞き取って、点数化します。

将来に希望は持っていますか?

朝起きたら、それだけで幸せだ。明日の幸せは、明日にならないと分からない。

ふっふふ…。Excellent.

睡眠はどうですか?

寝床に入ったらすぐ寝ます。眠れなかったことはありません。

自分に自信を持っていますか?

私は家族にとって、価値のある人間ですよ。

調査の結果、ハッザの人々のテストの平均点は、2.2。うつ病の人は、いませんでした。健康な日本人やアメリカ人と比べても、点数が極めて低かったのです。ハッザの人々を研究してきた心理学者は、彼らがうつ病と無縁な理由は、その暮らしにあると考えています。

ペンシルベニア大学 コリン・アビセラ博士

ハッザの人々は、集めた食料などを、ほぼ100%、みんなで分け合います。彼らの暮らしは、極めて平等なのです。そのため、現代社会の人々が持つような悩みがほとんどありません。だから、うつ病がないと考えています。

うつ病にならない、平等な暮らしとはどんなものなのでしょうか。

分けるから、鍋を持ってきて。

待って。すぐ行くよ。

平等

肉は細かく切り分けられ、集団で暮らす20人全員に配られます。彼らは、獲物を分け隔てなく、平等に分けるのです。

私たちは、どんなにお腹が減っていても、獲物を独り占めすることは絶対にありません。

(←彼が咥えているのは弓矢の羽を縛る紐)

ハッザの人々の、平等な暮らし。それは、人類が生き延びるうえで、極めて重要でした。およそ40万年前、本格的な狩りを行っていた人類。獲物を仕留めるには、集団の結束が必要でした。そのためには、獲物を分け合うなど、平等であることが欠かせなかったのです。

脳情報通信融合研究センター 大阪 吹田

平等は、うつ病の発症をどのように防いでいるのでしょうか。その手がかりが、最新の研究から浮かび上がってきています。

はる雅彦まさひこ博士

春野雅彦博士は、平等と扁桃体の関係に注目し、実験を行ってきました。被験者が、ほかの人とお金を分けたときの、扁桃体の活動を調べます。

実験中、被験者が見ている画面(写真左)です。自分が2円、相手が83円。この場合、自分が損をしています。次に、自分が得をする場合。そして、ほぼ公平な場合。それぞれの、扁桃体の活動を調べました。

その結果、多くの人で、扁桃体は、自分が損をする場合激しく活動し、得をする場合でも同じでした。いっぽう、公平な場合は、ほとんど反応していません。平等は、うつ病の原因となる扁桃体を、活動させないのです。

平等性や公平性に対して扁桃体が関与しているということは、人と人との関係というものが、(人類の進化の過程において)より重要になってきたことが背後にある考えられます。公平な行動というのは、進化的に有利だと考えられます。

うつ病とは無縁なハッザの人々。平等は、うつ病の原因を抑え込み、発症を防いでいました。強いきずなで結ばれた集団での暮らしは、天敵から身を守るのに有利でした。互いを敬い助け合うことで、孤独にもならず、嫌な記憶や言葉も癒されるのです。

♪肉だ 肉が手に入った ご先祖さまが 肉を授けてくれた 若者たちが 肉を授けてくれた

ペンシルベニア大学 コリン・アビセラ博士

ハッザの人々が幸せなのは、平等な社会に理由があります。ハッザの人々は、生まれてから死ぬまで、互いに強い結びつきを持って、助け合って暮らしています。その助け合いの習慣が、うつ病になるのを防いでいるのです。

農耕と文明

ペンシルベニア大学博物館

平等な暮らしによって、うつ病を防いでいた人類。しかし、ある時代から、その仕組みが崩れ、うつ病に苦しむことになります。

ミッチェル・ロスマン博士

考古学者のミッチェル・ロスマン博士は、その始まりが、文明社会の誕生にあると考えています。

当時の社会の様子が描かれた、出土品です。富と権力をもつ者と、持たざる者。明確な貧富の差が生まれていました。

メソポタミア文明の誕生によって、平等が崩れました。農業の始まりが、その原因だったのです。

メソポタミア文明では、農業によって、穀物の生産量が飛躍的に増加。余った食料は、富として蓄えられるようになったのです。

狩猟採集の社会では、獲物は平等に分けられていました。しかし文明社会では、穀物は階級に応じて分けられます。平等な社会が崩れ去ったのです。

この時代、人々のストレスは著しく増加しました。このストレスを生み出した社会の仕組みは、世界中に広がり、現代まで続いているのです。

平等の仕組みが崩れ、扁桃体が暴走。人類は、うつ病に苦しむようになったのです。そして、現代。社会が複雑化するなかで、よりうつ病を発症しやすい状態になっています。多様化する職業、急速に進む都市の拡大。そして、深刻化する貧困です。

うつ病の発症率

多様化する職業

現代社会で多様化する職業。仕事の内容や上下関係が、うつ病のなりやすさを左右していることがわかってきました。職業との関係を研究してきた、ジェイ・ターナー博士。1,400人を調査した結果です。医師や弁護士など、自らの判断で仕事をする専門的な職業では、うつ病が少ないことがわかりました。しかし、上司からの命令で仕事を行う、営業や非技能職では、うつ病が2倍以上も多くみられたのです。

奥野孝幸さん

うつ病に苦しむ奥野さんも、営業の仕事をしていました。上司から大きな仕事を命じられ、取り組むなかで、症状が現れたといいます。

残業は…ほぼ毎日ですね。はい。

毎日5時間ぐらい?

そうですね。はい。

残業しないと、仕事が終わらなかったりするんですか。

ちょっと座ってるだけでも、辛かった状態でしたね。

うん…。

バンダービルト大学 ジェイ・ターナー博士

社会的な立場によって、人々が受けるストレスの強さは異なります。立場の低い人は、高い人に比べて、常に強いストレスにさらされているのです。

都市の拡大

文明の発展がもたらした、都市での暮らし。現在、先進国では人口の7割以上が、都市に暮らしています。

ドイツ精神衛生中央研究所

しかし、ドイツで行われた最新の研究で、都市の暮らしが、うつ病のリスクを高めることがわかってきました。実験では、田舎で暮らす人と都会で暮らす人の脳の働きを調べました。すると、ストレスに対する扁桃体の活動に、大きな違いが見られました。

田舎で暮らす人では、活動量の変化はほとんどありませんでした。いっぽう、都会で暮らす人では、激しく活動したのです。

マイヤーリンデンベルグ博士は、都会の人の扁桃体が活動しやすいのは、人と人とのつながりに原因があると考えています。

アンドレアス・マイヤーリンデンベルグ博士

ドイツでは、田舎暮らしの人の80%が、隣近所と顔見知りで、助け合って暮らしています。社会的ネットワークの支え合いがあるのです。しかし都市の人は、80%が、隣近所の顔も知りません。これが、都市におけるうつ病の、大きな要因だと考えています。

深刻化する貧困

イギリス ロンドン

JUST 1 GETS ME A HOT
MEAL
THANK YOU!!!
GOD BLESS!!!のプラカード
を掲げたホームレスの人

現代社会のなかで深刻化する、貧困。イギリスでは、都会で暮らすホームレスの人々の30%以上が、うつ病などの精神疾患を抱えています。どのような状況に追い込まれ、発症しているのでしょうか。施設に保護された、ジェリー・カークランドさん(51)です。国から、住居や生活費の支援を受けながら、うつ病の治療を続けています。

カークランドさんは、もともと家庭を持ち、介護施設で働いていました。しかし5年前、人員削減によって失業し、家も家族も失いました。その絶望で、うつ病を発症したのです。

うつ病は、自分でどうすることもできません。治療も、思うようには進みません。だから私は、お酒に溺れてしまうのです。本当にどうにもなりません。自暴自棄になってしまい、薬も、過剰摂取してしまいます。そんな自分が、耐えられません。

職業、都市、そして貧困。うつ病をより発症しやすくさせている、現代社会。文明が発展すればするほど、うつ病へと追い込まれているのです。私たちは、うつ病をどう防ぎ、治療していけばよいのでしょうか。

うつの克服

アメリカ カンザス大学

いま、うつ病を克服する、新たな取り組みが始まっています。それは、うつ病とは無縁の人々の暮らしを参考にした治療法です。

TLC(生活改善療法)

分け隔てのない、仲間との平等な結びつきを、治療に応用しようというのです。TLCと呼ばれる、生活改善療法です。

カンザス大学 ステファン・イラーディ博士

私たちの祖先がかつて行っていた暮らしを、現代の生活に取り入れることは、難しいことではありません。患者は今の生活を続けながら、うつ病を克服できるのです。

治療では、医療スタッフとの信頼関係を築き、地域活動に参加するなど、人と人との結びつきを強めることを重視しています。さらに、定期的な運動や、生活習慣の改善にも取り組みます。運動は、委縮した脳の神経細胞を、再生させる働きがあることがわかってきました。また、昼間は太陽の光を浴び、夜はしっかり眠る、規則正しい生活。ストレスホルモンの分泌を、正常に戻す効果があります。これまでに治療を受けた、およそ100人のうち、7割以上に改善が見られています。

また、昼間は太陽の光を浴び、夜はしっかり眠る、規則正しい生活。ストレスホルモンの分泌を、正常に戻す効果があります。これまでに治療を受けた、およそ100人のうち、7割以上に改善が見られています。

アイバン・パンシッチさん(40)

私は、長年うつ病の薬を飲み続けてきました。しかし、この治療を受けたことで、わずか1年で、やめることができました。人間本来の暮らしを取り入れることで、うつ病から解放されたんです。

日本でも、生活の改善による治療が始まっています。長いあいだ、うつ病に悩まされていた、奥野さん。1年前から、医師のアドバイスを受け、運動や食事など、生活を改善してきました。そしていま、福祉施設でアルバイトができるまでになりました。

おはようございます。

どう?見せて。
あ、できてる。すごい!

完璧です。素晴らしい。

社会とのつながりを取り戻し、症状をより改善させていきたいと考えています。

人とのふれあいって――こう…あいさつから。大事なんだなって、思いました。あの、絶対ね、トンネル、抜けられるはずです。はい。

重度のうつの治療

ボン大学病院 ドイツ

DBS(脳深部刺激)

これまで、回復が難しかった重度のうつ病患者への新たな治療も始まっています。ドイツで行われた、治療の様子です。頭に穴を開け、電極を埋め込みます。脳深部刺激、DBSと呼ばれています。

頭に穴を開け、電極を埋め込みます。脳深部刺激、DBSと呼ばれています。

気分はどうですか?良いですか?

いいです。

罪悪感はどうですか?

減りました。

ペースメーカーからの電流で、扁桃体などを刺激、症状を抑えようというものです。手術を受けた、スヴェン・ウェルナー(36)さんです。以前は、家族との会話さえも困難でしたが、劇的に回復しました。

スヴェン・ウェルナーさん

手術を受けてから、息子と遊べるようになりました。本当に、いい気分です。

ボン大学病院精神科 トーマス・シュレプファー博士

この外科的な手術を、精神医学に用いることに対しては、反対の声もありました。このような治療法に、ある種の偏見があるからです。しかし、様々な治療を行っても、回復しない患者がいます。私たちの新たな取り組みは、画期的なうつ病の治療法となるでしょう。

社会全体で考えるべき病

進化のなかで、うつ病の原因を次々と抱え込んだ人類。お互いが支え合う、平等の仕組みが発症を抑えていました。しかし、文明の発展によって、扁桃体は暴走。うつ病を生み出していたのです。

これから先、私たちは、どのように克服していくのか。

うつ病に苦しむ人だけでなく、社会全体で考えなくてはならない病なのです。

<終>

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