911 アメリカ同時多発テロに陰謀はあったか

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LOOSE CHANGE ツインタワー崩壊の嘘

貿易センタービル倒壊の公式発表

<“そこかしこでたくさんの爆発があった。私は確信した。そこらじゅうに爆弾が仕掛けられ、誰かが爆破装置の操作盤を押しているに違いないと。さらなる爆発があった。そして、またもう一回。どこへ逃げたらいいのかわからなかった。” ――Teresa Veliz, working on the 47th floor of the North Tower when Flight 11 hit.>

9時59分。ニューヨーク市、ニューヨーク。世界貿易センターのサウスタワーが、およそ10秒で地面に崩れ落ちる。その29分後、サウスタワーに続いて、ノースタワーも約10秒間で崩壊する。その日の夕方、5時20分、ノースタワーから90メートル先、47階建ての世界貿易センター第7ビルが突然崩壊。このビルには、CIA、国防総省、国税庁、シークレットサービス、そしてニューヨーク市の危機管理センターが入っていた。また、証券取引委員会の、ウォール街についての膨大な調査書類が保管されていた。まわりのビルはどれも無傷のままだというのに、第7ビルは真っ直ぐ崩れ落ち、小ぢんまりした小さな山と化した。6秒間で。

公式発表は何と言っているだろう。ツインタワーから落下する破片で、内部が火事になり、建物内にあった燃料タンクに引火した。これが事実なら、第7ビルは、歴史上3番目の、火災が原因で崩壊した建物になる。1番目と2番目はツインタワーだろう。

過去の高層ビル火災

1945年6月28日。濃霧で方向を見失ったB-25爆撃機が、エンパイアステートビルの79階に衝突。14名が死亡、損失額は100万ドル。だがビルは、今日まで変わらず建っている。

1975年2月14日。ノースタワーの9階から14階にかけて、3回の出動警報が発せられた火災が発生。ニューヨークタイムズ紙は、この火災でタワーの調査がかなり綿密に行われ、ついにスプリンクラーの設置が決定したと報じる。

1988月5月4日、ロサンゼルスの62階建て超高層ビルが、3時間燃え、4つの階に火が及んだ。だが崩壊はしていない。

1991年2月23日。1973に完成した、フィラデルフィアの38階建て高層ビルは、19時間以上にわたり、8つの階が燃えたが、崩壊はしていない。

2004年10月17日、1976年に建てられた、ベネズエラの56階建て高層ビルで火災。17時間以上燃え続け、26の階に火が回り、最後は屋上にまで及んだ。しかしこれも崩壊はしていない。

2005年2月12日。マドリッドのウィンザービル。この鉄骨鉄筋コンクリート造りの32階建てビルは、ほぼ24時間燃え続け、上部10階分が完全に失われた。しかしそれでも、ビルそのものは崩壊しなかった。

そして、2001年9月11日。1973年に完成した、2つの110階建て高層ビルである。どちらのビルも4つ以上の階が燃え、完全に崩れ落ちるまでに燃えていた時間は、それぞれ56分と103分である。建築構造でそうなったと言う人もいるかもしれない。では2つのタワー内部がどうなっていたかを見てみよう。

ツインタワーの構造

ツインタワーは、20万トンの鋼鉄と、33万立方メートルのコンクリートで作られ、103のエレベーター、43,600個の窓、6万トンの冷房装置、そして、108メートルのテレビアンテナを備えていた。また、各タワーのコア部分は、26メートル×40メートルで、90センチ×40センチの鋼鉄製の柱47本からなっていた。ノースタワーは、1970年に完成し、高さ410メートル。サウスタワーは、1973年完成で、高さ408メートルと記録されている。1974年にシアーズ・タワーが完成するまで世界一の高さを誇っていた。

さて政府は私たちに、38,000リットルのジェット燃料で、これらの巨大な建築物が破壊させたと信じさせたいのだろうか。しかし、目撃者やビデオ映像、そして少しの常識で、そんな主張はすぐに覆される。

午前9時3分、2番目の飛行機が、サウスタワーの78階と82階のあいだに激突した。辛うじて南西側の角に激突。ジェット燃料のほとんどは外で爆発し、大きな火の玉となった。しかし、このサウスタワーが最初に崩壊する。ノースタワーは真正面から衝突され、18分間長く燃え続けていたのに。ガリレオの落体の法則は、ひとつの物体が、ある一定の距離を自由落下で落ちる時間を測定するもの。距離=16.08×時間の二乗。サウスタワーの高さは1,362フィート。1362=16.08×84.70、または、9.2秒の二乗。ツインタワーは、ほぼ自由落下の速さで崩れ落ちた。20万トンの鋼鉄が、わずか1メートル足らずの破片となって砕け散り、33万立方メートルのコンクリートは粉々になって粉塵と化した。そして幾千もの命が、瞬時に失われてしまった。いったい何が、世界貿易センターを倒壊させたのか。専門家に聞いてみよう。

専門家の意見

ヴァン・ロメロ氏。ニューメキシコ鉱山技術研究所副所長。

「ビデオテープにもとづいた私の意見です。世界貿易センター内に、いくつかの爆破装置があったと思います。両タワーの崩壊はあまりに整然としたもので、飛行機が原因ではありません。」

ところが10日後。

「確かに火災が崩壊を引き起こしました。」

なぜ突然に考えを変えたのか。

ハイマン・ブラウン氏。土木工学教授、世界貿易センターの建設管理者。

「世界貿易センターは、ハリケーンや強風、爆弾、ボーイング707型機の衝突にも耐えるよう設計されていましたが、1,090度で燃えるジェット燃料が、鋼鉄を弱めてしまいました。」

世界貿易センターで使われている鋼鉄の品質保証をした、アンダー・ライターズ・ラボラトリーズ社のケビン・ライアンは、アメリカ標準技術局のフラック・ゲールへの手紙でこう言っている。

「その鋼鉄は、耐火基準に合格しています。この耐火試験では、約1,000度で数時間さらす、という基準を設けています。我々は、貿易センターに使われた鋼鉄は規格を満たしていることに合意しております。加えて、非耐火性の鋼鉄でも、およそ1,650度という超高温に達するまでは溶けないはずです。ブラウン博士の1,090度という温度が、ハイグレードな鋼鉄を溶かしたとする主張は意味不明です。つじつまが合っていません。もしあの鋼鉄が柔らかくなったり溶けたりしたのなら、両タワー内の火災の原因は、ジェット燃料ではなかったということになります。」

ライアンの意見はまさに、世界貿易センター内での、1,090度の熱が、二つのタワーの崩壊を引き起こしたと主張するいわゆる専門家らの発言と矛盾している。この手紙を書いた数日後、ケビン・ライアン氏は解雇された。

専門家たちでさえ意見が割れている。ではほかに何がツインタワーと第7ビルを崩壊させたのか。

9.11当時のライブニュース

(註:以下、9.11当時のライブ映像)<東部時間の今朝10時、崩壊しました。>

<飛行機が衝突した第2ビルが今、完全に崩壊しました。>

<なぜこんな事が起こったのかまったくわかりません。>

<ほぼ計画された内部破壊のようです。>

<貿易センター全体の破壊を見ると、まるで解体チームによる爆発のようです。建物が崩れ落ち、あとかたもありません。>

<計画的な解体作業を見たことがある人なら、建物の基礎部分に仕掛けなければ、このような解体はできないことがわかるでしょう。>

<女性インタビュイー「もう一回爆破音が聞こえたの。下の階から聞こえたと思うわ。2回あったから…」 アナウンサー「そうですね。18分くらい間があいていたからですね。」 女性インタビュイー「そう…これは最初の爆発じゃありません。同じ建物で2番目の爆発があったんです。爆発が2回あったんです。」>

<男性インタビュイー「階下にあった複数の連邦政府機関は、飛行機が衝突した場所以外に、爆破装置らしき物があったと確信してます。」>

<「NBCのリポーター パット・ドーソンが現場近くにいます。パット?」「はい。たった今ニューヨーク市消防署の安全課長と話したところです。安全課長のアルバート・トゥリ氏は第2の爆破装置が爆発する可能性があると知らせを受けました。彼は部下をできるだけ早く逃げさせようとしましたが、そのとき別の爆発が起こったそうです。そして、一番目の激突が起こってから1時間後、どちらかのタワーでもう1回爆発があったと話しています。彼は建物内に実際に装置が仕掛けられていたと考えています。第2の仕掛けがビル内にあったと推測しているのです。」>

<同じような巨大な爆発が2~3回ありました。文字通り建物は揺れました。まさにビルの基礎部分を揺るがしました。>

<最初の爆発、その後もう1回。2番目の後で聞いたという人もいます。>

<男性インタビュイー「大きな爆発が起こったんだ。突然エレベーターが吹っ飛んで煙を上げた。僕は男を引きずり出した。その男は皮膚がはがれてた。救急車に乗せるのを手伝った。」>

<男性インタビュイー「私たちが8階から階段で下り始めた時、大きな爆発があったんです。また8階に吹き飛ばされるくらいのね。」>

<男性インタビュイー「トンネルの外に出たちょうどその時、トンネルが爆発したんだ。」 キャスター「地下鉄のトンネルですか?」 「ああ。」>

<「何が起きたんですか?」「僕らは何というか2番目の…世界貿易センター第2ビルに続けて起きた爆発を見たんだ。」「2番目の!」>

<これで理解できる。第2タワーで2番目の爆発があったのだ。>

<もう一回大きな爆発がありました。建物自体が煙を上げ、そこらじゅうに破片をまき散らしながら崩れ落ちました。>

<世界貿易センターから5ブロック離れた場所にいます。崩壊か爆発のようなものが起こった時、ここに立っていました。>

<キャスター「爆発だったのか崩壊だったのかわかりますか?」 「僕には何だか…爆発みたいだった…」>

<インタビュイー「大きな爆発が起こった音がした。何もかも黒くなって何もかも崩れ落ち、ガラスが砕け散り、みんなケガをした。職員が近づいたら大きな爆発があって、真っ暗でした。」>

<FBIが、ここをロープで囲い写真を撮り、この場所を確保しようとしていました。私たち全員が聞いて感じた大きな爆発より前のことです。>

<「ここから逃げなさい。次のタワーが崩れるわよ!」「彼らがそう言ったんですか?」「ええ、もう崩れるって…」>

<「10時半、私は建物を出ようとしました。出るとすぐ2番目の爆発音が聞こえました。またごう音がして、煙とほこりがひどくなったので建物の中に駆け込みました。シャンデリアが揺れて、また黒い煙があたりを埋め尽くしました。それから5分間、さらにたくさんの沈泥とほこりにまみれました。そこへ消防署長が来て、逃げなさいと言いました。もし3回目の爆発が起きたら、この建物はお終いだと…。」>

<ちょうど、第2タワーが見えました。第1タワーは何か爆発のようなものがあり、てっぺんから大きな煙があがっていました。その後、下の通りに向かって崩れ落ちたんです。>

<「デイヴィッド・リー、どうですか?」「ほんの数分前、大きな爆発がありました。その直後に第2ビルが崩壊しました。」>

目撃者

サウスタワーから2ブロック半離れたところにいた、ある目撃者は、10階から15階のビルの内部から放たれた、いくつもの短い光源を見たという。彼はサウスタワーが崩壊するまで、パチパチという音と共に、およそ6つの閃光を見ている。

貿易センター向かい、ワンリバティープラザの36階で会合に出ていた、ジミー・カー氏は、最初の攻撃の全てをテープに録音した。衝突のあと、2番目の爆発が9秒後に聞こえる。

<(爆発音)「この音は何だ?」(もっと大きい爆発音)「何か激突したような音に聞こえますが」>

ではノースタワーに何が起こったのか。ウィリー・ロドリゲス氏に聞いてみよう。彼は清掃作業員として、20年間貿易センターに勤め、ノースタワー衝突のとき、地下1階にいた。

<「それで突然、ドーン!という物凄い音がしたんだ。地下で発電機が爆発したんだと思った。『何てこった!こりゃ発電機だよ…』そう心の中でつぶやいたとき、またドーン!ちょうど真上から聞こえた。かなり離れていたが地下からの音と…上からの音には時間差があった。誰もが叫びだした。事務所に駆け込んできた男が言った。『爆発だ、爆発。爆発だよ!』彼の伸ばした両腕の皮膚は、すべてはがれ落ちていた。どこもかしこも、はがれた皮膚がぶら下がってるんだ。だらだらと…。顔も部分的になくなってる…。『一体何があったんだ!?』と言ったら、彼は言った。「エレベーター、エレベーターだよ!」――いくつも爆発があったんだ…。でも爆発のことを話すと、みんなこう言うんだ。『建物内にはキッチンがたくさんありましたね。』ガスボンベのことを言ってるらしいんだ。僕は言った『ありえないよ!このビルは一流なんだよ。キッチンに置く物にも厳しいガイドラインがあるんだ。』原因はガスだということも疑わしいと思う。――あの日起こった爆発については、思い違いがたくさんあった。いまだに…上の各階で聞こえた別々の爆発について、納得がいく説明を受けてない。さらにその上のもだ。」>

消防士たちの証言

ノースタワーのロビーの窓ガラスは吹き飛ばされ、壁の大理石のパネルも吹き飛ばされていた。これは、エレベータシャフトをものすごい速さで駆け下りた、火の玉による被害だとされて、見過ごされている。しかし、世界貿易センターの中心部にあるエレベータシャフトは密閉構造で機密性が高かったので、地上の8階部分を破壊できるほどの威力を残したまま、火が400メートルも下降できるだけの十分な酸素はなかった。

9月11日、ニューヨーク市は世界貿易センターで343名の消防士を失った。彼らは建物が崩壊する前とそのとき、両タワー内にいたので、何が起こったのかよく把握していると思う。ニューヨーク消防局は何を考えているのか。まずは、ノーデブラザーズ社のドキュメンタリーから。

(註:消防士たち)<「どうしたって?」「外に出て1ブロックくらい逃げたよな?」「2ブロックくらいは行ったよ。それから走り出した…」「各階ごとに次々と爆発していった。」「ちょうど爆弾を使ったときみたいに。」「奴らはビルを破壊しようとしたんだ。ドーン、ドーン、ドーン、ドーン…。」「それを見ながら走ってた。それから、もの凄い煙が襲ってくるのが見えて…。」>

インタビューの中で、ニューヨーク消防局の多くのメンバーは、崩壊前の爆発について語っている。ノースタワーのロビーが受けた被害には触れていない。

<「大きなドカーンという音が聞こえた。俺はタワー1に入ってすぐ左手にある机のところにいた。それから外に出て…といってもビルの外じゃない。ガラスがすべて割れている戸口のところまで行って、外を見た。道を挟んだ向かいのビルを眺めた。すると向こうからビルの影が崩れ落ちてくるのが見えたんだ…。」>

<「ロビーであんな光景を見るとは思ってもいませんでした。人々、死体、焼死体、けが人…予想もしていない状況でした。」>

<「ほぼ6階の高さがあるロビーは、まるで爆弾が爆発したみたいでした。ガラス全部が割れていて、縦横3メートルくらいの大理石のパネルが、壁からはがれ落ちていました。」>

<「貨物用エレベータの近くに行ったら、ちょうど爆破されたところでした。30階でまた別の爆発が聞こえました。それからものすごく大きな爆発を聞きました。」>

消防士、ルイ・タチオリ、51歳は、ピープル・ウィークリー紙にこう語っている。“人々を避難させるためにエレベータで24階に行く最後に、爆弾が破裂した。みんなビル内に爆弾が仕掛けられていたと思っています。”

公安管理委員会は、あの日、世界貿易センターにいた消防士たちの無線交信テープを、1年以上公表しなかった。2002年11月、そのテープがニューヨークタイムズ他の報道機関に公開された。公開まで、どうしてそんなに時間がかかったのか。

(註:テープ音声)<「7階と8階で爆発があったという証人がいます。7階と8階です。」>

<「第3大隊から本部へ、ここでまた爆発がありました。」>

<「…ウォレン通り、2回目の爆発で、何人もの人が粉塵にまみれています。」>

<「またタワーで爆発がありました。10-13、10-13です。」>

<「タワー2では大きな爆発があり、そこら中が破壊されているようです。」>

<「私はタワー1で2回目の爆発に巻き込まれました…。」>

ハーマー隊長はサウスタワー78階の火災現場に到達、消火作業を開始する。

<午前9時52分(崩壊13分前)第15はしご車隊「2か所で孤立して燃えている火を発見。ホース2本で消火できると思います。78階、無数の10-45コード・ワン。無線で連絡してください。」>

政府が我々に信じ込ませようとした通りに、78階が火の海だったなら、パーマーはそこまでたどり着けず、消火などできなかったはずだ。

2005年8月12日、さらに15時間もの、消防士との無線交信やインタビューがやっと公開された。消防士たちは、解体爆破を匂わせる二つの出来事に言及している。

<「閃光が走って走って、それからビルが倒れてきたように見えた。ビルを破壊するとき、どんな風に爆破解体するか、どんな風に倒れるか知ってるでしょう?」――通信情報局長官 スティーヴン・グレゴリー>

パチパチという音が何度も聞こえた。

<「WTCの中心付近でオレンジ色と赤い閃光が走ったんです…。その後ビルのまわり中ではじけ続けて、炸裂し始めたんです。私が見た限り、これらのボンボンという音と爆発はだんだん大きくなり、それからビルの周囲全体に拡大していきました。」――第46消防大隊のカーリン・デショア隊長>

科学者たち

崩壊を、科学はどう説明しているのだろう。世界貿易センターの崩壊は、ニューヨーク州アリセーズにある、コロンビア大学の気象観測所が捉えていた。サウスタワーはマグニチュード2.1の地震として、ノースタワーは2.3の地震として。観測所のワインアング・キムは、地震計は普段、32キロメートル離れた採石場の地下爆破を捉えると語った。こうした爆発は、36,000キログラムもの硝酸アンモニウムを使い、周辺にマグニチュード1~2の地震を引き起こす。1993年の世界貿易センターの爆弾騒ぎでは、爆弾が地面と直結していなかったため、地震計の記録はない。崩壊の間、落下する残骸のエネルギーのほとんどは、まわりに吸収され、地面を激しく揺らすことはなかった。

コントロールド・デモリション社社長、マーク・ロアゾン氏は、事件から1か月以上もあとで、岩盤と支柱をつなぐ部分で、文字通り溶けた鉄のホットスポットが見つかったと、アメリカン・フリープレスに語った。この異様に熱い部分は、地下7階のエレベータシャフトの一番底で見つかった。溶けた鉄は、3週間から5週間後に、瓦礫が取り除かれた時点で見つかった。彼はまた、世界貿易センタービル第7ビルでも、溶けた鉄が見つかったと語った。

<“非常に高温な範囲は、メイン・タワーのエレベーター・シャフトの最深部、地下7階だ。溶けた鉄は、3~5週間後に瓦礫が取り除かれた時点で見つかった。溶けた鉄は、第7ビルでも見つかっている。”>

爆発の映像

いちばん温度が高かったのは、サウスタワーの東の角で、747度が記録されている。地下の溶けた熱は、その温度の倍以上あった。まだ飛行機の燃料が世界貿易センターを倒したと思っていますか?崩壊を捉えたすべてのビデオに、崩れ落ちる建物の2~30階下で爆発が起こっている様子が映されています。ここ。ここ。ここ…。そして、ここ。

エティエンヌ・ソーレイ氏は、世界貿易センター最初の24時間というドキュメンタリーを撮影していたが、両方の崩壊をカメラが捉えていた。よく見て。ビデオの三脚が、ノースタワー崩壊の12秒前に揺れている。これは何だろう。

爆弾の設置と証拠の隠滅

ビルの中に爆弾があったというなら、誰にも気づかれずにどうやって仕掛けたのか聞きたいだろう。世界貿易センターで働いていた、証券アナリストのベン・ファウンテン氏は、9.11までの何週間かにわたって、両方のタワーと第7ビルで、予告なしで異例の、安全のための避難訓練があったと、ピープル紙に語っている。

9.11の前2週間は、警護特務部隊が12時間シフトで活動していたが、6日の木曜に突然、爆弾探知犬がビルから撤去されたと、守衛だったダリア・コード氏は語った。いったい誰がこんなことを許可したんだろう。

ブッシュ大統領の弟、マービンは、1993年から2000年の会計年度末まで、セキュラコムの重役だった。今はストラテセックとなったセキュラコムは、クウェート・アメリカ社の後ろ盾がある電子警備会社で、ユナイテッド航空や、ダレス国際空港に加え、9.11当日までは世界貿易センターの警備を担当していた。マービンは、当時世界貿易センターの一部を担当していた、HCC保険ホールディングズ社の重役でもあった。こういった情報がもっと出てほしいけど、そうならない。証券取引委員会は集めた情報を公開していない。

世界貿易センターの瓦礫を検査して調査できればよかったんだけど、残念なことにその前に、ジュリアーニ市長は残骸を、海外のリサイクル業者に船で送ってしまった。連邦緊急事態管理局ですら、立ち入ることが出来なかった。彼らは犯罪現場を立ち入り禁止にし、証拠を全部破壊してしまった。

誰が中に入れたか。それはコントロールド・デモリション社。1995年、オクラホマの爆破事件で後片付けを担当した。さらには、2001年7月15日、この会社は、第二次世界大戦時代に使われていた、12メートルの高さの燃料貯蔵タンク2つを破壊した。はっきりした理由もなく行われた爆破に、苦情が殺到。跡地は空き地のまま、取り壊し理由も全く不明だ。とにかく、世界貿易センターで起きたことは実に単純だと思う。じっくりと計画された、解体爆破による崩壊。それは、軍事的な正確さでやり遂げられた、アメリカ人への心理的な攻撃である。

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