シンボルとイニシエーション
銀行家 ロベルト・カルビーの死の真相
1982年、ロンドンのブラックハイヤーズ橋の下で、P2のメンバーだったロベルト・カルビーの首吊り死体が見つかりました。ロンドン市警察は、まもなく自殺と断定、窮地に立たされた銀行の頭取が、自ら死を選んだ、と結論付けたのは、不自然なことではありませんでした。しかし、カルビーの息子のカルロは、こう言います。
「ロンドンの警察は、父の死を自殺と結論付けましたが、マスコミは当初から、自殺説に懐疑的でした。」
2,700万ドルの横領容疑で詐欺罪に問われながらも、父親は無実を証明しようとしていたと、カルロは信じています。
カルロ「父は、ロンドンで会合を重ねていました。しかし、裁判で被告人として証言する必要があったので、すぐにイタリアへ戻る予定でした。」
ジャーナリスト ルパート・コンウェル「カルビーはイタリアから突然姿を消しました。数日後に、周囲が彼の不在に気づきました。捜索が行われましたが、彼は見つかりませんでした。実はロンドンの名もないアパートに、身を隠していたのです。」
作家 デビッド・サウスウェル「ロベルト・カルビーはロンドンに人脈を持っていたので、資産隠しなども可能でした。それにロンドンなら、万が一警察に捕まってもイタリアより安全だと考えたのでしょう。なぜなら、イタリアではP2の力が強く、証言前に自分が殺される恐れがあったからです。」
カルビーは、家族の安全を懸念し、息子のカルロが暮らすワシントンDCで家族全員が一緒に暮らせるよう手はずを整えていました。
「父は忙しい人でしたが、家族との時間を大切にしていました。とても家族思いだったのです。父からは常に連絡があり、家族関係は本当に親密でした。」
死の数日前、カルビーは、息子に電話をかけました。カルロにとって、それが父親との最後の会話となりました。
カルロ「父は同行者を信用していない様子でしたが、それ以外はごく普通でした。」
翌日、カルロの姉がワシントンDCに到着し、先に来ていた母親と弟に合流します。
「その日、姉の到着を確認するために、父から電話が入る予定でしたが、電話はありませんでした。」
再会の喜びもつかの間。家族のもとに、悲しい知らせが届きました。
「私たちは、とても大きなショックを受けました。特に、母の悲しみは相当なものでしたし、自分たちの身も心配でした。」
ロンドン市警察の見解に納得がいかなかったカルロは、私立探偵を雇いました。彼らがもたらした証拠をもとに、イタリア政府は、ロベルト・カルビーの遺体を掘り起こし、調査を行うことにします。2002年、20年の時を経て、カルビーの家族は求め続けていた答えを手に入れました。
「私たちは死因に納得できず、民事訴訟を起こしました。その結果、他殺の可能性が高いとされたのです。」
2002年10月。法医学者らが、自殺説を否定したのです。
作家 デビッド・サウスウェル「科学的な調査が行われ、あの夜何が起きたのかが、明らかになりました。カルビーは、自ら橋へは行きませんでした。上着にレンガを入れたのも、縄をかけたのも、彼ではありません。自殺ではなく、他殺でした。」
しかし、カルビーがどのように殺されたのかは、謎のままです。
「橋の下で、状況を再現してみました。その結果、橋の下の足場を降りて自ら首を吊るのは不可能だと解りました。」
カルビーが履いていた靴からは、足場の錆や、塗料の痕跡は検出されませんでした。カルロは父親の死について、こう推測しています。
「何者かが、父を部屋まで迎えに来たのです。父は、橋の近くまで連れていかれました。そして首を絞められ、橋の下に吊るされたのだと思います。」
カルビーの遺体には、いくつかの暗号のようなものが残されていました。そのため、かつてのフリーメイソンのロッジ、P2が、彼の死に関与していたと考える者も少なくありません。
フリーメイソンのシンボル
フリーメイソンのシンボルは謎に包まれています。例えば、アメリカの1ドル札にもフリーメイソンのシンボルが描かれています。万物を見通す目と、13段のピラミッドのデザインを提案したのはフリーメイソンの会員ではなかったとされていますが、これを、フリーメイソンの権力の象徴とする説は、いまだに根強く残っています。さらにこの絵に手を加えると、M、A、S、O、N。メイソンのスペルと、マークが浮かび上がります。
ワシントンDCには、スコティッシュ・ライト・フリーメイソンリーのアメリカ本部があります。建物の外観には、特に変わったところはありません。しかし、内部に足を踏み入れると、そこには、多くの象徴を秘めた、荘厳で、神秘的な世界が広がっています。
「ここは私たちにとって、最も重要な場所。ロッジルームです。私は、アクラム・イライアス。会員です。部屋の中心には、祭壇があります。この祭壇の上には、聖なる法の書が置かれます。聖なる法の書とは、ロッジの会員が信じる、何らかの聖典を指します。たとえば、キリスト教の聖書が置かれることもありますし、ユダヤ教の聖典や、イスラム教のコーラン、仏教の経典が置かれることもあります。儀式を受ける者は、この祭壇の前でひざまずきます。そして、祭壇のまわりには、3つの灯りがともされます。そのとき、儀式を受ける者は、この3つの灯りのもとで、祭壇の上に置かれたものを目にします。それは、聖なる法の書と、フリーメイソンのシンボルである、定規とコンパスです。」
コンパスは欲望を自制し、道徳的な行動規範の中にとどまることを意味します。直角定規は、正直さと、公平さの象徴です。またこては、兄弟間の絆を固め、広めることを暗示しています。
アクラム・イライアス「フリーメイソンの会員たちにとって、こては、兄弟愛を広げ、固めるための道具です。それは、強い絆で結ばれた兄弟として、互いの宗教や思想を尊重することを意味します。」
そして、中心に位置するGの文字。これは何を意味するのでしょう。
アクラム・イライアス「Gの文字は、幾何学、ジオメトリーを指すのと同時に、宇宙の創造を意味します。それは至高の存在であり、知性や多様な信仰の象徴なのです。」
会員たちは、秘密のジェスチャーや握手を通じて、互いの階級までをも認識できるそうです。名刺がなかった時代の自己紹介方法を、現代に受け継いでいるといえます。この方法は、かつて、石材職人のあいだで使われたものです。フリーメイソンは、古い石材職人の組合を原型としているのです。
グランドロッジ博物館 館長 ロバート・クーパー「昔の石材職人は、作業現場を渡り歩き、遠い外国へ行くことさえありましたが、彼らは字が読めませんでした。そのため、組合員であることの証明が困難でした。そこで、握手を使いました。握手の仕方によって、組合員は、互いを認識することができたのです。私たちは今も、彼らのやり方を受け継いでいます。」
スコットランド ロスリン礼拝堂
フリーメイソンは、昔の石材職人から2本の石の柱を作る技術を受け継ぎ、現代もそれを、各ロッジの装飾の中心としています。しかし現代のフリーメイソンが、1717年にロンドンのパブで活動を開始したものだとしたら、なぜ、遠い昔の建築デザインが採用されたのでしょうか。
多くの人々が、フリーメイソンのルーツは、18世紀よりはるか昔にさかのぼるといいます。スコットランドの首都、エジンバラから11キロほど離れた場所にロスリン礼拝堂があります。ミステリアスな建築物として、世界的に有名です。この礼拝堂には、多くの暗号が隠されています。教会というよりは、石に刻まれた秘密のシンボルが並ぶ謎めいた博物館のようです。不思議なデザインがいたるところに見られます。なかでも有名なのが、親方と徒弟と呼ばれる、デザインの異なる2本の柱です。一般の見学者には奇妙な柱にしか見えませんが、フリーメイソンの会員にとって、これらのデザインに込められた意味は明白です。しかしロスリン礼拝堂は、現代のフリーメイソンの発足より、300年近く前に建てられています。
グランドロッジ博物館 館長 ロバート・クーパー「礼拝堂の建設主が、石材職人の親方に柱の彫刻を依頼しました。しかし親方は図案を見て、これは無理です、と言ったそうです。図案だけでは、同じものは造れません、とね。そこで親方は、しばらく休みをもらい、図案のもととなった柱を見に、ローマへ出かけることにしました。そして、もとの柱を研究した親方は、その柱を作るため、再びロスリンの現場に戻ってきました。」
親方はそこで、自分の留守中に作られた、素晴らしい柱を目にします。
「親方は驚きました。この柱は誰が作ったのかと尋ねると、一人の見習いが歩み出て、私が造りましたと言いました。親方は見習いの才能をねたみ、彼を殴って殺してしまいました。しかし親方は、すぐに自分の罪に気づきました。そして、自らの命を絶ったのです。」
これらの柱を作った石材職人が、フリーメイソンと関係していたと考える歴史家もいます。しかし現代のフリーメイソンは、ロスリン礼拝堂との繋がりを否定します。
「これを聞いてがっかりする人も多いと思いますが、ロスリン礼拝堂に、フリーメイソンのシンボルはありません。石材職人はストーンメイソンと呼ばれますが、書籍やテレビなどでよく、フリーメイソンと混同されます。つまり、同じメイソンでも、ストーンメイソンとフリーメイソンの二つのメイソンがあるのです。その結果、多くの人々が誤解するようになりました。この博物館を訪ねる人たちが、ロスリン礼拝堂のことをこう話すのを、よく耳にします。ロスリン礼拝堂は、メイソンが造ったものだと。確かにメイソンが造ったものですが、それはストーンメイソンであって、フリーメイソンではありません。大きな間違いです。」
フリーメイソンの起源
ロバート・クーパーは、ロスリン礼拝堂の建築にフリーメイソンが関わったという説は否定しますが、フリーメイソンが、1717年に生まれたとは考えていません。
グランドロッジ博物館 館長 ロバート・クーパー「スコットランドでは、その100年以上前から、フリーメイソンが存在したという証拠があります。そのころには、石材職人でない人々も、ロッジに加わるようになっていました。そして、彼らが行っていた儀式の中で、ほかにはわからない独特な言葉や動きが使われていました。それらの中には、今のフリーメイソンでも使われているものがあります。つまり、その時代からの様々な要素が受け継がれて、現代のフリーメイソンができたと考えられるのです。」
フリーメイソンの起源については、別の説もあります。
フリーメイソン会員 ジャネット・インターミュート「私は、フリーメイソンがピラミッド建設から始まったと考えています。」
ロバート・クーパー「起源は、重要ではありません。なぜならそれは、考古学の問題だからです。私たちが注目すべきなのは、現代のフリーメイソンが、どういう存在であるかということです。」
フリーメイソンの特徴の一つに、中心的な権力が存在しないという点があります。教祖や指導者、司教のような人物が、法令を発行することはありません。
ロバート・クーパー「フリーメイソンは、会員に興味を示すことはありません。不思議に思われるかもしれませんが、フリーメイソンとは何かを、会員に教えることはないのです。それが、フリーメイソンの特徴なのです。」
フリーメイソンはロベルト・カルビーに関与したのか
フリーメイソンのもう一つの特徴は、相図やシンボルを重要視する点です。しかし会員たちは、ロベルト・カルビーの死に、フリーメイソンのシンボルを見出すのは行き過ぎだといいます。いっぽう、カルビーのボケットに入っていたレンガが、フリーメイソンの関与を暗示していると指摘する声もあります。また、事件現場となったロンドンは、フリーメイソンが生まれた場所で、組織の精神的なふるさとです。さらに、ブラックフライヤーズ橋は、グランドロッジから地下鉄でひと駅の場所にあり、近くには、フリーメイソンの会員で、有名な建築家、クリストファー・レンによって再建された、セントポール大聖堂があります。カルビーは、フリーメイソンから派生した、P2のメンバーでした。彼らは自分たちを、フライヤーズという愛称で呼んでいました。
ハートフォード神学校教授 イアン・マーカム「さまざまな状況を考えると、フリーメイソンの陰謀説は、膨らむばかりです。証拠はありません。動機もあいまいですが、秘密を封じるためだといわれています。」
こうした疑惑に、フリーメイソンはどう答えるのでしょうか。
グランドロッジ博物館 館長 ロバート・クーパー「色々といわれているようですが、そもそも、私たちには処刑の習慣がありません。」
イギリス本部グランドロッジ広報責任者 ジョン・ハミル「私たちの象徴は、石です。どこかの想像力豊かなジャーナリストたちが、適当に書き立てたのでしょう。でも、これまで陰謀説が実証されたことはありません。」
ロバート・クーパー「私が懸念するのは、噂の根底にある、固定観念です。危険な団体と決めつけられるのは、とても残念なことです。」
イアン・マーカムは会員ではありませんが、フリーメイソンの関与には懐疑的です。
ハートフォード神学校教授 イアン・マーカム「かなり手が込んでいますが、犯人がわざわざ疑われそうな手がかりを残すとは思えないのです。」
作家 デビッド・サウスウェル「確かにフリーメイソンを連想させますが、彼らの仕業とは限りません。」
ところで、カルビーの死が自殺でないことを証明するのに、なぜこれほど時間がかかったのでしょう。
「調査はひどいものでした。当初から、自殺と断定するには不自然な点があると指摘されていたはずです。でも警察は、自殺と決めつけました。」
ジャーナリスト ルパート・コンウェル「確かに警察の調査は不十分でした。しかし数か月後には、この事件の特異性が再認識され、評決の結果、自殺から、死因不明に変更されました。さらに今から数年前には、警察も殺人の可能性を認めるようになったのです。警察は何者かをかばって、自殺説を主張したのではありません。」
いずれにせよ、カルビーの死に関与した者たちは、フリーメイソンが疑われるよう仕向けたと考えられます。
フリーメイソンの入会と昇格のイニシエーション
フリーメイソンに入会するには、投票による承認が必要です。白いボールは入会への賛成を意味し、黒い立方体は反対を表します。入会希望者は、自らの意思で入会を希望すること。また、何らかの信仰を持っていることを認めなければなりません。そして入会すると、見習い、マスター、グランドマスターの階級を積んでいくことになります。階級は全部で33あります。それぞれの階級に進むときは、秘密の儀式、イニシエーションが行われます。最初の階級では、感情をコントロールすること。第二の階級では、知識を集めることに重点が置かれます。第三の階級に進むには、清らかな肉体と、研ぎ澄まされた精神、そして、幅広い知識を持っていることが求められます。第三の階級へのイニシエーションは、ヒラム・アビフの伝説にもとづいています。
聖書に登場する石工 ヒラム・アビフのイニシエーション
深夜、あるロッジでイニシエーションが行われていました。これは、年に数回しか行われない、フリーメイソンの秘密の儀式を捉えた、非常に珍しい映像です。儀式は綿密な計画のもとに行われ、儀式が行われる部屋の外は、劇場の舞台裏のようです。
「2センチほど詰めてくれないか。」
しかし、彼らは俳優ではありません。実業家や弁護士であり、家族を持つ、一般の市民です。18世紀の始めから、世界中のロッジで行われてきた儀式を、21世紀のフリーメイソンの会員たちが、忠実に再現しています。儀式はクライマックスを迎え、秘密の合言葉が授けられます。外部のものには遊びにさえ思えますが、衣装をまとった会員たちは、真剣です。儀式の中心人物は、旧約聖書に登場する石材職人で、エルサレムのソロモン神殿を建てたとされる、ヒラム・アビフです。彼は聖書の中では、そう重要でない人物ですが、フリーメイソンの儀式の中では、大きな役割を担うようになりました。
「親方、お待ちしておりました。お会いできて光栄です。神殿が完成したら、合言葉を教えてください。」
ヒラム・アビフは、ユベラ、ユベロ、ユベラムという名の3人の若い職人に呼び止められます。彼らは、知恵と力をもたらすといわれる合言葉をほしがりました。
「親方、合言葉を教えなければ、あなたの命を奪います!」
「命などくれてやる。」
「ならば死を。」
ヒラム・アビフは、秘密を明かすことを拒否します。
「ヒラム・アビフ親方。ユベラとユベロから逃げても、私からは逃げられません。私、ユベラムを甘く見ないことです。これは死をもたらす道具。私に逆らえば、命はありません。秘密の合言葉を教えなさい!」
「断る。」
「秘密の合言葉を教えなさい。」
「だめだ。」
「もう一度だけ言いましょう。秘密の合言葉を教えなさい。」
「何度言っても無駄だ。神殿が完成したら考えよう。」
「ならば死を!」
ヒラム・アビフは、フリーメイソンの会員が、マスターを目指すうえで欠かせない、ある重要なことを体現しています。
「彼は、信念体系の象徴として描かれています。これは寓話です。」
ロバート・ロマスは、封印のイエスの著者で、フリーメイソンの会員です。
ロバート・ロマス「ヒラムは、自我を象徴しています。魂を開放するには、自我を殺さなければなりません。この儀式は、それを演劇化しているのです。」
ヒラム・アビフは、悲惨な死を遂げました。伝説によれば、ソロモン王は、彼が殺されたことを知り、途方にくれます。
ソロモン王役マスター「合言葉は失われた。汝と私とヒラムとの間で合意されたときのみ、秘密の合言葉が示される決まりになっておる。しかし、ヒラムはもういない。」
マスターの合言葉は、ヒラム・アビフの死とともに失われました。
ソロモン王役マスター「兄弟たちよ、私が代わりの合言葉を作ろう。真の合言葉が見つかるまで、これを使うこととする。」
ソロモン王は、新たな合言葉を生み出します。しかし、儀式でそれが声に出されることはありません。フリーメイソンの秘密の中でも、3音節からなるこの言葉ほど、固く守られてきたものはありません。これが、第3階級のマスターになるための、合言葉です。
合言葉は、マ・ハ・ボーン。一般的には、ヘブライ語が変化した言葉と考えられています。意味は、これが建築者か。マスターとなろうとしている会員の耳元で、この合言葉がささやかれ、秘密の合図と握手が交わされます。秘密の合言葉は、すでに、インターネットや書籍を通じて知られていますが、その本当の意味は、フリーメイソンの会員にしかわかりません。彼らにとって重要なのは、言葉そのものではなく、秘密を守ることの教訓であり、自らの力で知恵を手に入れた者に対する、敬意なのです。
これは、第3階級へ進むイニシエーションです。この儀式では、イニシエーションを受ける者が、ヒラム・アビフの役を演じます。会員は目隠しされ、部屋の中を連れ回されます。何が起きるかは、一切知らされていません。突然別の会員が近づいてきて、秘密の合言葉を教えるように迫ると、代わりに案内人が、こう答えます。
「今は秘密の合言葉を教えるときではない。神殿が完成したとき、お前にその価値があれば教えよう。」
「余計な口をきかずに、合言葉を教えなさい。」
「断る。」
「合言葉を教えなければ、命を奪います――ならば死を。」
作家 ロバート・ロマス「とても力強い儀式です。フリーメイソンは、会員に自らを知ることを促しています。ヒラムの役を演じるとき、会員は自分の心の底にある、恐怖の正体を知るのです。それは、死への恐怖です。」
「――親方、お待ちしておりました。」「――ならば死を!」
作家 ロバート・ロマス「誰もがいずれは迎える、死という恐怖に向き合い、それを疑似体験するために、ヒラムに死んでもらうのです。」
会員にとって、教訓は明らかです。兄弟愛への理解は、生涯失われることがないでしょう。こうした演劇は、フリーメイソンのシンボリズムの重要な部分を占めます。しかし、それが誤解を生むこともあります。
「残念なことに、会員でない人がこれらの劇を見たとき、劇の真意を誤解することがあります。全て本当のことだと信じてしまうのです。これは、厄介な問題を生みます。劇が象徴化されたものであることを証明することは、ほぼ不可能だからです。」
「ならば死を!」
フリーメイソンは、秘密を守るためなら何でもする、と誤解されたことで、犯罪集団のレッテルが貼られたのです。
切り裂きジャックへの関与の噂
イギリス本部グランドロッジ広報責任者 ジョン・ハミル「かねてから、陰謀説の要素の一つとなっているのが、切り裂きジャック事件です。」
被害者は喉を切り裂かれ、内臓を引き出されていました。切り裂きジャックと呼ばれたこの犯人は、結局、捕まりませんでした。
切り裂きジャックツアーのガイド、フィリップ・ハッチンソンは、フリーメイソンの会員ではありません。
フィリップ・ハッチンソン「1888年9月30日、午前1時44分、マイタースクエアで、女性の死体が発見されました。死体には、ひどい切り傷がありました。フリーメイソンの名が浮上した理由は、まず、両ほほの傷を合わせると、メイソンのMに見えること。そして、発見されたのが、直角定規を意味する場所だったからです。」
ジョン・ハミル「あの事件と、フリーメイソンを結び付けようとする多くの人々がいますが、実際には、根の葉もない憶測にすぎないのです。」
これだけなら、単なる推測にすぎません。しかし、事件とフリーメイソンを結びつける、さらなる証拠が見つかります。
フィリップ・ハッチンソン「事件のおよそ1時間後、巡査が何かを見つけました。白いエプロンの一部です。犯人はそのエプロンで、手とナイフを拭いたようです。その横に、別の手掛かりもありました。」
ジョン・ハミル「壁に残された、落書きです。それは、ジューズという者の犯行をほのめかす内容でした。」
この言葉は、ユダヤ人を意味すると取れるいっぽう、フリーメイソンとの関連も示唆されました。
ジョン・ハミル「アメリカのフリーメイソンの儀式では、ある場面で、3人の人物が登場します。ユベロ、ユベラ、ユベラムです。」
彼らは、第3階級の儀式で、ヒラム・アビフを殺します。この3人のことを、ジューズと呼ぶという説が浮上し、犯人はフリーメイソンの儀式を知っていたと考えられるようになったのです。
フィリップ・ハッチンソン「1975年に出版された、ある本によると、ユベロ、ユベラ、ユベラムの3人をまとめてジューズと呼ぶとされていますが、これは事実ではありません。」
フリーメイソンの歴史上、この3人は、常に悪者として描かれてきました。
フィリップ・ハッチンソン「ユベロ、ユベラ、ユベラムを取り入れた儀式は、イギリスでは、1814年に廃止されています。事件が起きた1888年には、ほとんど忘れられていました。」
警察本部長で、フリーメイソンの会員だったチャールズ・ウォレンは、落書きを消すよう指示しました。これは、フリーメイソンの隠ぺい工作ではなく、反ユダヤ主義者の暴走を防ぐためです。ジョン・ハミルは、陰謀説支持派が、事実を曲げて伝えたと考えています。
ジョン・ハミル「多くの研究者が、この件について調査を行いましたが、陰謀説を裏付ける証拠は、ないと認めています。」
フィリップ・ハッチンソン「フリーメイソンは、この事件とは、無関係です。」
いつも浮上する陰謀説
切り裂きジャックの犯行にフリーメイソンが関与したという説は、事実無根のようです。しかし、ロベルト・カルビーの死については、今もうわさが絶えません。
ジョン・ハミル「陰謀説は、いつも同じように浮上します。ロベルト・カルビーの死を取り巻く状況は、複雑でした。彼は横領の罪に問われ、イタリアのマフィアや警察に追われていました。ですから、自殺に追い込まれても、何の不思議もありませんでした。ところが数か月してから、自殺という説に疑問の声が上がり、突然フリーメイソンの関与が疑われ始めたのです。」
陰謀説は、フリーメイソンのイメージを著しく汚しました。人々は秘密の会合を開き、謎めいた儀式をするこの団体に、疑惑を抱くようになります。しかし、彼らがカルビーの死に関与したという証拠はありません。
ジャーナリスト ルパート・コンウェル「フリーメイソンの仕業だとは思いません。真犯人が、フリーメイソンの犯行に見えるように、演出した可能性はあるでしょう。でも私個人としては、フリーメイソンは無関係だと思っています。」
ではいったい、誰の仕業でしょうか。
ルパート・コンウェル「マフィアには動機があります。一つは金銭的な損失です。彼らはカルビーに、大金を預けていましたが、銀行の倒産とともにその金も消えました。これが主な動機です。もうひとつは、自白の阻止。カルビーはマフィアの秘密を知っていました。」
カルビーの死にまつわるフリーメイソンの陰謀説を、多くの人々が簡単に信じたのには、わけがあります。実は過去にも、会員の不可解な失踪事件が起きていたのです。
1826年、フリーメイソンに入会したばかりの、ニューヨーク州に住むウィリアム・モーガンという人物が、組織の秘密を暴露する本を出版すると言い出しました。やがて彼は投獄されます。容疑は、他人のシャツとネクタイを盗み、2ドル69セントの借金を返済しなかったことでした。しかし突然、数人の男たちが拘置所にやってきて、保釈金を支払い、モーガンを連れ去ります。
作家 ダン・ブラウン「殺されると叫ぶモーガンを、男たちは連れ去りました。そのあと、モーガンは行方不明となり、不穏なうわさが流れました。それによって人々はフリーメイソンに対して強い不信感を抱き、闇の犯罪組織というイメージを広めていったのです。ニューヨーク州の田舎の小さなロッジの会員が起こしたこの事件をきっかけに、反メイソン運動が広がっていきました。」
騒ぎの拡大とともに、ニューヨーク州にあった228のロッジは45か所にまで減少しました。
作家 ダン・ブラウン「そうして、反メイソンの新聞が創刊されました。新聞はフリーメイソンの裏の顔を暴き、彼らが邪悪な手段を使って封じようとしている、何を封じるのかわかりませんが、たぶん、言論の自由とか…とにかく、彼らの悪事を書き立てました。」
フリーメイソンに関する誤解の多くは、反フリーメイソンの出版物に端を発しています。なかでも、数々の大胆な嘘を世に送り出したことで有名なのが、レオ・タクシルです。
ジャーナリスト コンラッド・ギャレンジャー「19世紀、レオ・タクシルは、数々の嘘を並べ立てて、フリーメイソンと悪魔による壮大な陰謀説を創作しました。」
1881年、タクシルは、フリーメイソンに入会しましたが、盗作の容疑で頻繁にもめ事を起こしたため、すぐに除名されます。そこで彼は、反フリーメイソンの本を書き始めました。その内容は、フリーメイソンが乱交パーティを開き、儀式のために人を殺し、悪魔崇拝を行っているというものでした。
イギリス本部グランドロッジ広報責任者 ジョン・ハミル「すべて、根も葉もない作り話です。彼は、フリーメイソンが悪魔崇拝を行っていると書き立てたのです。ところが騒ぎになると、彼はあっさり嘘を認めました。」
ジャーナリスト コンラッド・ギャレンジャー「同様の噂は、今も生き続けています。特に現代では、インターネットが噂を誇張したり、陰謀説を流すのに最適な環境を提供しています。」
最近では、ダン・ブラウンのような人気小説家が、フリーメイソンを題材にしています。
作家 ダン・ブラウン「私が小説家で、小説の題材となる組織を探していたとします。多くの支部を持つ、謎に包まれた組織といえば、まず思い浮かぶのがフリーメイソンでしょう。」
ジョン・ハミル「ダン・ブラウンの小説で、特に興味深いのは、私たちが悪者でない点です。」
グランドロッジ博物館 館長 ロバート・クーパー「多くの小説家が、ある種の物語を構築するために、フリーメイソンを利用します。それを悪いことだとは言いません。しかし、とても残念なことに、当のフリーメイソンに対して、それが事実であるのかそうでないのか、確認が行われたことはないのです。」
陰謀説を断ち切るため、現在、フリーメイソンは、マスコミや一般の人々の理解を得る努力をしています。しかし、疑惑を完全に晴らすのは、簡単なことではありません。
ロベルト・カルビーを取り巻く巨大な陰謀
ロベルト・カルビーは、1982年に首つり死体で見つかる前、マフィアとの癒着が疑われていました。
ジャーナリスト ルパート・コンウェル「ロベルト・カルビーの命を奪ったのは、イタリアからイギリスに同行してきた4人の男たちだといわれています。しかしもう一人、マフィオッソという別の人物がいました。実際には彼が殺人を実行したとも噂されましたが、残念なことに、彼は5年ほど前に亡くなっています。」
作家 デビッド・サウスウェル「カルビーが何者かに殺されたのは確かです。法医学的な証拠からも、他殺以外の結論はあり得ません。犯人は複数で、組織的な犯行と考えられます。」
主犯格の容疑者の一人、ピッポ・カロは、マフィアの金庫番として知られた人物です。彼は現在、別の事件で終身刑に服しています。カロは、イタリアの政界と宗教界を揺るがす、重大な秘密をカルビーに暴露されることを恐れ、殺害を計画したといわれています。
ルパート・コンウェル「この事件には、万華鏡のようないくつもの要素が内在します。イタリアの政界と、バチカン。そして、マフィアとフリーメイソンです。それらを振り合わせるたびに、新たな模様が浮かび上がります。その万華鏡のような関係は、今も変わりません。」
作家 デビッド・サウスウェル「まるで、映画の世界です。フリーメイソンとバチカン。巨額の金をめぐるスキャンダル。その中心に、ロベルト・カルビーがいます。映画なら、カルビーの死で決着がつくことでしょう。ところがこの事件では、そこから調査が始まり、数々の驚くべき事実が露見していくのです。調査の先にあるのは、ロベルト・カルビーの死を取り巻く、巨大な陰謀の正体です。」
道徳と教訓を学ぶ場 フリーメイソン
ロベルト・カルビー事件の裁判は、まだ終わっていません。さて、フリーメイソンについては、おそらく、多くの人々の予想に反し、善意に満ちた友愛団体というほかなさそうです。
フリーメイソン会員 ユダヤ教のラビ「フリーメイソンは、会員の責任感を助長し、兄弟愛と、助け合いの精神を育ててくれる団体なのです。」
ようやく、フリーメイソンの実像が見えてきました。
イギリス本部グランドロッジ広報責任者 ジョン・ハミル「かつて私たちは、地域の理解を得るために、よいキャッチフレーズを考えました。そのひとつが、よき人々を、さらに良くしようとする団体です。」
グランドロッジ博物館 館長 ロバート・クーパー「フリーメイソンは、道徳を教える特殊な団体です。特殊とは、ほかにないという意味です。道徳を教える方法として、象徴や寓話が使われます。その数は膨大です。」
道徳や教訓を学ぶ場としては、世界中に270以上の宗教団体が存在していますが、フリーメイソンも、その選択肢のなかの一つなのかもしれません。ですが、フリーメイソンが秘密主義を守る理由は、何でしょうか。
作家 ジム・マース「宗教裁判の時代なら、秘密結社の存在も理解できます。しかし、現在では弾圧の心配はなく、秘密主義も必要ありません。もっとオープンにするべきだと思います。」
作家 デビッド・サウスウェル「フリーメイソンは、紛れもない秘密結社であり、不透明な部分が多くあります。世間の人々にとって、彼らは疑惑や恐怖の対象であり、彼らが秘密を持ち続ける限り、それは今後も変わらないでしょう。」
ジャーナリスト コンラッド・ギャレンジャー「人は信じたいものを信じます。ですから、残念ながら、陰謀説の根絶は不可能です。例え陰謀説の矛盾を指摘したところで、虚構を信じたい人は、信じ続けるものなのです。」
フリーメイソンが会員に与えるもの。それは、独特な儀式を通じてもたらされる、自己改革へのチャンスです。
会員 ジャネット・インターミュート「フリーメイソンから退会しても、もとに戻ることはできないでしょう。退会手続きをして、会合に行かなくなったとしても、フリーメイソンがもたらした、内面的な変化は残るものです。男性でも女性でも、どのロッジの所属でも、その点は、同じです。」
フリーメイソンは、この会員たちの高い志により、長く存続してきた団体です。さまざまな陰謀説と結びつけられてきたものの、彼らの真の姿は、邪悪なイメージとは異なります。彼らは今、開放路線に進みつつあります。はたして、フリーメイソンにまつわる陰謀説が、完全に消える日は来るのでしょうか。≪終≫